見てしまった

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見てしまった

今日は厄日だろう。 終業後の会社前。 退勤する社員を邪魔するように立ち塞がる集団にため息が出た。 「ねぇ、山本さん。飲みに行きましょうよ」 「三井さんは駅前のバー知ってます? とっても雰囲気いいんですよ」 新入社員の若いぴちぴちの受付女達が、男、もとい、私の彼氏である山本と勘が鈍かった同期の三井の腕に纏わりついている。 若干一名、私と目が合った可哀想な男、長嶋だけはその集団の枠からはみ出していて、困った様子でそれらを眺めていた。 昼は結局人気の洋食ランチは食べられず、午後の仕事は身に入らず、ミスばっかりで上司から叱責を受けた私。 はっきり言って機嫌はよろしくない。 精神状態は最悪だ。 なのに、トドメと言わんばかりのこの光景。 しかも、またしても後ろ姿の彼氏と鈍い同期の三井は、えー、どうしよっかなー、と断る気皆無の甘い声で若い受付女を腕にぶらさげている。 君達、大人として、適切な距離って分かる? その人達、彼女が居るって知ってるよね? そして出て来る人の迷惑そうな顔、見えてます? 「や、山本も三井も、ほら君達も。通行の邪魔になってるよ。ちょっとこっちに、」 「あれ、長嶋さん、居たんですか。あー、じゃあ長嶋さんも一緒に行きます?」 「いや、俺はお酒は強くなくて」 「ですよねー、じゃあお疲れ様でぇす」 ここでも可哀想な同期の長嶋は、若い受付女のターゲットじゃないらしい。お情けで誘われている。やんわり回避した答えはあっさりと切り捨てられた。 私は止めていた足を動かして集団に近付いて行く。 会社前で一向に立ち去らないバカ共を待つほど気は長くないし、彼氏が誘いに乗る答えも聞きたくもなかった。  「お疲れさまー、話すなら端によりなよー」 「のぞっ、あ、帰るのか」 「うん」 「じゃあ一緒に、」 「なんで? 山本君三井君は飲みに行くんでしょう? 話し聞こえてたよ」 柔らかく注意した私をなぜか彼氏が引き止める。 一緒にって何? しかも今、のぞみって名前を呼ぼうとした? やめてよ仕事仲間の前で。 「行かないよ?!」 「そうなの? いいじゃん行って来なよ。明日休みだし、気兼ねなく飲めるよ。彼女達を待たせちゃ悪いでしょ。私もう行くね。じゃあ」 他の女に目くじら立てる彼女は嫌って言った。 がんじがらめ状態だとも。 浮気心を否定もしなかった。 だから引き下がる。何も言わない。 いつもなら、彼氏の腕を引っ張って強引にでも阻止していただろう。 でも、もうしない。したくない。 私をやるって、物みたいに扱っていた。 別れたいって言い出せないから黙っているだけで、五年も付き合った私のことはどうでもいいんだから、放っておけばいいでしょ。 「長嶋君、帰る方向同じだよね。行こう」 「へ?!」 「何驚いてんの。長嶋君は飲みに行かないんだから私と帰ってもいいじゃん。それとも、嫌?」 「い、嫌だなんて……でも、あの、山本が、」 「行くよ」 「あ、はい……」 焦りと困惑で彼氏の名前を出した長嶋君。 気持ちは分かるし巻き込んでごめんだけど、今だけは黙ってついて来い、と目と圧で促した。
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