奪ってやった

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奪ってやった

核心には触れず、三井君の彼女に浮気心、もしくは浮気中かも知れないと言われたくなければ、私の彼氏には黙っていろと脅し付けた。 ぶんぶん肯首する三井君にほくそ笑む。 これで彼氏に味方はいなくなった。 長嶋君に続き三井君、彼らはあの日の暴言の証人であり、共犯であり、私を傷付ける時間を共有していた愚か者共で、彼氏と特に親しい友人だ。 誰にも頼れず一人で慌てるがいい。 彼氏が見栄を振り切るまで。 振り切って縋り付いてくるまでは。 もう暫らく現状のままを維持してやろう。 「布施さん、これ、いつまでやるんです」 「なんでー?」 「いやもう、山本を見てられなくて」 相変わらず長嶋君は優しい。 虚ろな視線で私達をジッと見つめる彼氏のことを、気の毒そうに伺っている。 こらこら、あまり態度に出すとバレるじゃないか。 三井君を使ったのに、その三井君は何の成果もなく、あー、まぁー、布施にも色々あんだよ、とかなんとか意味のない事を彼氏に伝えているらしい。 よしよし、いいぞ。 日々やつれていく彼氏。 私も心苦しいけれど。 あそこまで言われて引き下がるのは、女のプライドと一途な私の気持ちまで無下にするようで、意地でもしたくなかった。 少し前、彼氏は長嶋君を問い詰めたと聞いた。 人の彼女を奪う気かと、かなり強い口調だったみたいだが、的外れもいいところである。 奪ったのは私。 彼氏から友人を。 首根っこを押さえて成すがまま、やりたいように動かしている。 「捕まえた」 「ああ、やっと?」 退社して早々、待ち伏せしていたのか、彼氏に腕を掴まれた。待ちに待った行動にうっかり本音が漏れる。 「長嶋。悪いが二人にしてくれ」 「あ、うん……頑張って」 いつになく強硬な気迫に、長嶋君は何かを悟ったようだ。彼氏ではなく私に小声でエールをくれた。 ええ、ええ、頑張りますとも。 彼氏をコテンパンに言い負かしてやる。 「どこに行くつもり」 「俺ん家。明日は休みだろ」 「泊まれって?」 「ああ」 「嫌よ。お泊まりセット持って来てないもん」 「んなの、コンビニで全部揃うだろ。買ってやるから来いよ」 「強引だね」 「っ、こうでもしなきゃお前は逃げるだろうが!」 怒鳴られた。 腕を掴む手が、やけに力が入っているからそうだと思っていたけれど、あんたが怒るのは筋違いじゃないかな。 例え前までの私が、金曜日の夜は率先して家に行く行く駄々を捏ねていたとしても。 「……悪い。けど、お願いだから来てくれ。俺もう、こんなの嫌なんだ。のぞみの気持ちが分からないよ。だから頼む、理由があるなら言ってくれ」 「なんで聞きたいの。聞いても無駄かもよ」 「無駄じゃない! 俺の気持ちは知ってるだろ!」 知っている。 違う、知っていると思っていた、だ。 あの日あの時、アレを聞くまでは、彼氏の私に向ける想いを疑ってもいなかった。 そして自分の振る舞いも、一直線の愛も、全部許容してくれているんだとばかり思っていた。 ぶつかって来るなら分かったよ。 私も逃げない。 でも覚悟してね。 私、あんたを泣かすつもりだから。
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