199人が本棚に入れています
本棚に追加
泣かしてやった
家に入ったのに彼氏がまだ私の腕を放さない。
落ち着いて話しが出来ないと咎めると、放す代わりに抱き締められた。
「あの日俺がお前に言った言葉、答えてくれた気持ちは……もう、無いの?」
回される腕は痛いくらいなのに声が震えている。
そんなに怯えるならなんで……っ!
喉まで迫り上がって来た激情を必死で堪える。
まだダメ。まだ待ちなさい。
暴れ出しそうな内部の私に言い聞かす。
「それは私のセリフよ。あの日のあんたはどこに行ったの。どれが本音なの。私こそあんたが分からないよ」
「なん、だと? ……本気で言ってんのか」
背中の腕が瞬時に肩を掴んでくる。
私の言葉に驚愕? 信じられない? 信じたくない?
覗き込む顔が真っ青だし唇が震えている。
怯みそうになる心を叱咤して続けた。
「本気も本気。この間も若い社員に誘われて嬉しそうにしてたじゃない。お酒は美味しかった? いつもより楽しく飲めた? もしかして、いい雰囲気になって彼女達の誰かをお持ち帰りしたかな?」
「バカ言うな! そんなわけないだろ!」
「ふーん、口では何とでも言えるよね」
「のぞみが長嶋と帰るからっ! なんでって、どうしてって、俺は? 俺を無視すんのかよって…っ! 飲みに行くどころじゃない! 知ってるだろ?!俺、何度も電話した。メールもした。出てくれなかったし見てもくれなかった。……のぞみこそ長嶋と、あいつと何が……っ! 長嶋に聞いても話して帰ったとしか言わない。でもおかしいだろ?! じゃあなんで、のぞみは電話に出ない? メールを見ない? 土日も連絡取れないんだよ! それから二人が社内で親密そうにしてるし……っ! のぞみが長嶋を好きだっつっても俺、絶対に別れないからな!」
凄い声量だ。
鬼のような形相で、でも何かを我慢するかのように顔を歪めて、溜まったものを長い長い演説で吐き出していた。
肩で息してる。
ちょっと涙ぐんでいる。
その、なり振り構わない無様な姿を見たら、あー、もういいかな、と思った。
「バカッ! アホッ! このマヌケッ!」
そんな前から変だと思っていたなら気付きなさいよ。出勤した月曜日に今日みたく強引に連れ出していたならば、私もあんな小細工を長引かせる必要なかったのに!
「……へ? え、小細工……?」
「そうよ。アレは全部演技なの。長嶋君も了承済みよ。何でか分かる? 何でそんなことしたのか」
「……ごめん、分からない」
私の一喝で先までの勢いが削がれている。
完全に腰が引けているけれど、崩れ落ちるのはこれからよ! さあ、泣いて許しを乞うがいい!
「休憩室。長嶋君三井君。これだけ言えば分かるよね。私、聞いてたの。一語一句あんたの言葉を覚えている。おかげで、前の週末この世の幸せを謳歌していた気分が一気に地の底に落ちたわ!」
トンッと軽く胸を押すと尻もちをついた彼氏。
私の暴露に何を思うのか。
現実逃避は許さない。
「私、はいって返事したけど忘れてね。幸せを最低な記憶に塗り替えたのはあなたなんだから!」
ポロリ。
綺麗に流した涙が彼氏の頬を伝う。
嫌だ、嘘だと呟いて盛んに首を振っているけれど。
容赦しません。
やり直しを命じます。
前の週以上の、素敵な、特別な、あの日の暴言を払拭させる最高のプロポーズを。
最初のコメントを投稿しよう!