聞いてしまった

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聞いてしまった

「付き合いが長い彼女にさ、好きって媚びられても面倒くさいだけだよな」  それは偶然だった。 お昼になり休憩室の傍を通った時、聞き慣れた声がして足を止める。 今のは、何? 素通りするつもりだった。 会社近くの人気洋食店に同僚と待ち合わせていたため急いでいたのもあるし、悪趣味な盗み聞きも覗き見するつもりもなかったのだ。 だけど、耳に届いた聞き捨てならない言葉は、嘘よね、まさかよね、という疑念により、少しだけ開いていた扉に私を吸い寄せた。 紙コップ片手に談笑する三人の男達。 壁のソファに腰かけている同期二人の顔がはっきり見えた。一人はこちらに背を向けて立っているが、その後ろ姿はよくよく見知ったものである。 「だいたいさぁ、あいつってば独占欲が強過ぎるんだよ。ちょっと受付の新人と話してるだけで、仕事中だ、サボんな、とかウゼェのなんの」 「いやお前、それ正論じゃん」 「まぁ確かにそうなんだけどな。でもまるで監視されてるみたいで息が詰まるっつーか、分かるだろ? ただでさえ社内恋愛で精神的な逃げ場がない俺の気持ち」 扉を蹴り上げなかった自分を褒めてあげたい。 媚び、面倒くさい、監視、逃げ場がない。 数々の言葉の爆弾が私に襲い来る。 ほぅ、なるほど。 あんたはそう思っていたわけだ。 まだ私の悪口を流暢に語る彼氏の背中に、怒気を込めて思い切り睨みつける。   「……ひっ、」 あらやだ。 みなぎる怒りが伝わらなくていい人に伝わったようだ。今まで言葉を発さず大人しく二人に相槌を打っていた同期の一人と目が合った。驚愕で固まっているけれど、お願いだからそのままでいて欲しい。 ソッと唇に人差し指を乗せて黙らせる。 勘の鈍い彼氏で良かった。 せっかくだから思う存分、本音を聞かせて貰おうじゃないか。 「お、お前も俺に同意してくれるんだな。そんなに震えてんだから。あいつの重過ぎる愛って怖いよな」 「いっ! いや、いやいやいや、こ、これはスゲェ愛されてて羨ましいなって感動し、」 「冗談やめろよ。これじゃあ浮気も出来ないって」 鈍感なもう一人の同期が彼氏の言い分に同意するかのように軽口を叩く。 こいつにも届け。私の怨念。 彼氏に遮られ身体半分しか見えないけれど、彼氏諸共怒りの視線を突き刺した。 「う、ううう浮気は良くない、ぞ」 「なんだお前。あいつが好きならやるぞ?」 「やるって、これまたストレートだなおい。お前別れる気かよ」 「いやぁ、だってさ五年だぜ。がんじがらめ状態が五年も続けばさすがにな。でも俺から言うのは嫌じゃん? なんで、どうして、とか問い詰められそうでさ」 「ぎゃはは。お前って最低だな」 本当にね。 彼らには般若となった私も、何とか取り繕うも撃沈した同期にも気付いていないようだ。 ソッとその場から立ち去る。 私の愛は彼氏にとったら媚びで、ウザくて、迷惑で、誰かにあげてしまいたいほどだった。 全然気付かなかったよ。 だって会えばいつも優しいし、好きって返してくれるし、なんなら将来だって……っ! やめよう。 今は仕事中。 感情的になり過ぎると午後に支障をきたす。 滲んだ視界はグッと握った拳で乱暴に拭い去る。 あー、好きだったんだけどなぁ。 心の中で小さく吐き捨てた。
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