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──スピカ、今、どこ?
お嬢様からの問いかけであるような夕日は、赤く、赤く、どこまでも赤く、地平線の彼方を照らしていました。
巨石に囲われた遺跡の高台に腰を下ろしたわたくしは、じっと、自分の手指を見つめます。
塗装が剥げ、人工皮膚はひび割れ、所々露出した骨格は嫌なふうに軋みます。執事の象徴である燕尾服にも汚れや穴が目立ちます。お嬢様の好みにカスタマイズされた顔はかろうじてイケメンを保っておりますが、黒髪は色が抜けて銀色になりました。
一介の多機能型高性能人型ロボットであるわたくしが、居住ドームの『外』に追放されて、二年が経ちます。
もう、長くはもたないでしょう。
だけど問題ありません。わたくしには、使命がある。お嬢様と交わした大事な約束が、今日もわたくしを支えている。
沈みゆく太陽を見つめてまばたきをします。カメラの目が、景色を画像として切り取り、メモリに納めます。
撮影したての画像をお嬢様のデバイスに送信します。
わたくしの心臓が一度だけ震えます。データの受け渡しが正常に行われたという合図です。
*
「お嬢様、いい加減、諦めませんか?」
「うっさい黙れスピカ。いい!? 私は虚弱体質を克服してみせる。絶対『外』に出るんだからね!」
無菌室の部屋は卵を半分に切った形をしています。パステルピンクの壁に、白と灰色のマーブル模様が美しい大理石の床。
時刻は昼の三時でした。
窓のカーテンが自動で開きます。豪奢な鉄格子の隙間から差し込む午後のひかりが、床に複雑な模様を描きます。
ピピ、と軽い電子音が鳴りました。
お嬢様が弾かれたように顔を上げます。
わたくしはすかさず、お嬢様がベッドに散らかしまくっていた、薄い金属板、銅線、配電盤、ハンダごて、そのほかCPUなど様々諸々の部品を唐草模様の風呂敷に包んで、たあっとベッドの下に押し込みます。
この間一秒とかかりません。何千、何万と繰り返してきた後始末は、最早、神業の域に達しています。
ひらりとベッドから降りたお嬢様は、窓辺に立ちました。
ブルネットの長い髪に、白い肌、湖水色の瞳。細く儚い透明感のあるお姿が、午後のひかりにきらきらと淡く輝いて見えます。
ネグリジェの襟元を直してさしあげながら、耳元でつぶやきます。
「ほんっとに、見た目だけは深窓の令嬢ですね」
「オイル抜くわよポンコツ」
あでやかな微笑みに野蛮な台詞。神の悪戯にも程があります。
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