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甘雨
週間天気予報が灰色や青ばかりになったある日、梅雨入りのニュースが流れて、未来は事務所の引き戸を少しだけ開けて、しとしと降る雨を眺めた。
「木造の古い建物だから、除湿機を置いた方がいいかもしれない。」
先日、綾香と一緒に事務所に顔を出した清瀬にそう言われて、早速ネットで注文した荷物がこれから届く予定だった。
その時、仕事用の携帯が鳴り、画面を確認してみると、登録のない知らない番号だった。
「はい、コトノハソウ社の中西です。」
「こんにちは。私、観光協会の橋本と申します。」
「…はい。」
未来はまさかと思い、心臓が波打つのが分かった。
「今回、観光協会設立記念ロゴとキャッチフレーズ募集コンテストにご応募頂きありがとうございました。つきましてはキャッチフレーズ部門で大賞に内定致しましたので、ご連絡させて頂きました。」
「あ、ありがとうございます。」
「おめでとうございます。ささやかながら設立記念の式典を予定しておりまして、そちらの方で授賞式を執り行う予定です。」
「はい。」
声が上擦ってしまい、言葉が上手く出てこない。
「中西さん、大丈夫ですか?」
「ごめんなさい。驚いてしまって、大丈夫です。」
電話の向こうで橋本が笑ったのが分かり、未来は恥ずかしくなってしまった。
橋本は授賞式までの流れなど詳細を説明したいので一度県庁に来て欲しいが、難しければ書類を郵送しますと話し、未来は伺いますと返事をした。
「それから授賞式の1週間前に報道発表する予定です。喜びに水をさすようで申し訳ありませんが、同居されているご家族以外には、それまで内密でお願いします。もちろんご家族にもその旨を…。」
橋本が言い終わらないうちに、未来はその懸念は無用だと伝えることにした。
「大丈夫です。私は独身で一人暮らしです。」
答えながら青島のことが頭をよぎったが、当然のことながら理解してくれるだろうと未来はあまり気には留めなかった。
これまで築いてきた人脈からの依頼に頼ってばかりいては駄目だと思い、チャレンジしてみようと応募したコンテストだった。
県庁の中にあった観光関連の部署を独立させて、より開かれた専門的な機関にするらしい。
しばらく走り書きしたメモを眺めて座っていたが、事務所のブザーが鳴って、未来はまた驚いた。
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