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橋本に指定された金曜日の夕方、久しぶりに来たその場所は最近整備されたばかりのようで、未来の記憶とは違う景色になっていた。
随分と洒落た造りの建物は梅雨の合間の夕焼け空の下、木々がそよぐ真ん中にそびえ建っている。
受付で名前を言ってしばらくしてから、黒縁眼鏡が良く似合う、細いストライプの半袖シャツを着た橋本が迎えに来た。
「お目にかかるのは初めてですね。橋本です。本日はお忙しい中、お越し頂きありがとうございます。」
「こんにちは、中西です。よろしくお願いします。」
すると橋本は受付を気にする素振りを見せてから、未来に言った。
「ロゴ部門で大賞だった方も来られる予定なので、少しこちらで待ってもらっていてもいいですか。」
はい、と頷いて、未来は改めてロビーを見渡すと、全面ガラス張りの窓から降り注ぐ茜色の光が、きらきらと反射する様に目を奪われた。
すると受付に来たひとりの女性に橋本が声を掛けるのに気付いて、その肩越しに小柄で愛嬌のある丸顔の女性が立っているのが見えた。
橋本に連れられてこられた建物2階の小さな会議室に入ると、改めて三人で名刺交換を行った。
ロゴ部門で大賞となった女性は、村上優子といって、肩書きは広告デザイナーとなっていた。
橋本は二人に向かって祝いの言葉を述べた後、授賞式が行われる観光協会設立の式典についての説明をし、募集要項にもあった応募作品の取り扱いについての文書に、サインをするよう二人の前に書類を置いた。
1時間足らずで会議室を後にした未来と優子は、自然と並んで歩く形になった。
「不躾にごめんなさい。コトノハソウ社って聞いたことないんだけど、事務所はどこにあるの?」
遠慮がちに聞いてくる優子に、未来は笑いながら手を振って答えた。
「フリーになって一年ならないんです。フォアフロント企画はご存知ですか?もともとはそこで働いていました。」
「あら、そうなの?もちろん知ってる。青島社長の所でしょう。フォアフロント企画いた吉田さんとはデザイナー同士で繋がってるのよ。」
案の定、青島の名前が出たことに内心どきっとしたが、それよりも涼子の名前が出たことが、未来には思いがけずに嬉しかった。
「そうなんですね。涼子さんとは、最近、一緒に仕事をしたばかりなんです。」
共通の知り合いがいたことで、一気に親近感が湧いて、優子は何かしら思いついたように未来に言った。
「中西さんは、どこかの交流会に参加してる?」
未来は突然の質問に、首を横に振った。
「今から集まりがあるの。良かったら来ない?」
青島は忙しいようで、今日会う予定はなかった。
未来は思い切って頷いた。
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