甘雨

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「トリでーす。」 と言いながら最後に未来の隣に座った男性に向かって、だいぶ前に未来の隣から席を移動していた優子が大きな声で話し掛けてきた。 「中西さーん。藤森はいい奴だけど気をつけて。今から言う口説き文句は、みんなに言ってるものだから。」 女性メンバーだけでなく、そこにいた皆が頷いているので、そういうキャラなのだろうと思い、未来は少し気を抜いた。 「人の恋路にみんな酷いな。僕、ここの最年少で31歳独身です。中西さんは?」 未来は呆気に取られながらも、憎めない雰囲気の藤森の質問に答える。 「30歳です。今年31になります。一緒ですか?」 「僕は早生まれだから、一学年上だね。だったら未来ちゃんって呼んでもいいよね。」 「それはちょっと、私が恥ずかしいです。」 藤森は少し考えるふりをしてから言った。 「嫌われたくないから、しばらくは中西さんで。僕ひとつ上でしょ。だからフォアフロント企画の募集がなくてね。ちょうど中西さんの年が初めての募集だったから悔しくて。まあ今はここで良かったと思える所で仕事出来てるから、結果オーライだけど。」 未来が驚いていると、藤森は笑顔で話を続けた。 「だから中西さんとは価値観合いそうだと思って。」 藤森が覗き込むように顔を近づけてきたので、未来は体を仰け反らして言った。 「そんなこと言ったら、ここにいる皆さんそうでしょう。同じ業界にいるんだから。」 すると藤森は肩をすくめた。 「バレたか。でも青島社長に憧れてるのは本当。一度、上司に連れて行ってもらった飲みの席で、挨拶したことあって、男から見てもかっこよくて、その時は一気に酔いも覚めちゃったよ。」 調子のいい藤森に、未来は思わず笑ってしまった。 「酔いが覚めちゃったのは、残念ですね。」 それまで楽しそうに話していた藤森が、口を半開きにして見つめるので、未来は慌てて謝った。 「ごめんなさい。気を悪くしましたか?」 すると藤森は首を激しく横に振った。 「違う違う。でも今も酔いが覚めそうだった。」 未来は訳が分からず、しかし藤森がすぐに元の表情に戻ったので、それ以上聞くことはしなかった。 早いうちから始まった会は、同業者同士の集まりということもあって盛り上がり、気がつけば終電近い時間になっていた。 「またぜひ来て。その前に式典で。」 優子に言われてお礼を言うと、皆に促されて恐縮しながらタクシーに乗った未来の後から、突然、藤森が乗り込んできて、未来は後部座席の奥に押し込まれた。 「運転手さん、閉めて。発車して。」 後ろで藤森の名前を叫ぶ声が聞こえたが、藤森は笑顔で手を振ると、わざとらしく後部座席にもたれ掛かった。 「藤森さん。どういうつもりですか?」 戸惑う未来に、相変わらずの笑顔で藤森は言った。 「こんな遅くに女性ひとり帰すわけにいかないでしょ。送っていくんですよ。運転手さんに行き先言ったの?」 「そんなことをして頂かなくても結構です。だいたい家はどこなんですか?」 「大胆だな。僕の家に行きますか?」 警戒心を隠さない未来に対して、ものともしない。
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