この世界のルール

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この世界のルール

トムおじさんは2年前の朝、スープを飲み、自分を救ってくれたホームレスのおじさんを探したが、なかなか見つからなかったのだという。スープの効果はお礼を伝えるまで続くのだとおじさんは教えてくれた。 「そんなある日、トラックにひかれそうになってるワン坊を見つけたから、慌てて助けたってわけ。」 トムおじさんは人間になる日、朝早く出かけてしまったから、トムおじさんがどんな姿の人間になったのか、僕ら家族は誰も知らなかった。 結局、その後一か月が経ち、トムおじさんはようやくホームレスのおじさんを見つけることが出来て、無事にお礼をいう事も出来たのだという。 「それならどうして、トムおじさんは犬に戻ってないの?」 おじさんはニッと笑ってから、一呼吸おいて答えた。 「お前だよ、ワン坊」 全く意味が分からない、という表情で返す。 「おれも最初はおかしいと思った。ルールに従えば目的を達成したんだから犬に戻ってくれなきゃ困る、とね。でも元の姿に戻るにはもう一つ重要な条件があったんだ。それは‟お礼を伝えられる側になっていないこと”なんだよ。」 「それってもしかして・・・」 「そうだ。お前はおれに助けてもらった。当然、人間以外の動物であるからには人間にお礼を言わなくちゃいけない。お前はおれにお礼を伝える必要がある。人間のおれに。だから、その場合にはおれが犬に戻れないルールになってるってことよ。」 トムおじさんはそれに気づいて、何とかして自分のことを伝えようと人間の田代さんとして、餌を持って、僕らを訪ねてみては何をどうして良いのか分からず、引き返すことを続けていたのだという。人間の言葉で僕が一刻も早くお礼を伝えに来てくれるように語りかけていたのだというが、もちろん僕らには田代さんが何を言っているのかは伝わらなかった。 「まあ、おれ自身が人間になった朝から行方不明になってるわけだし、心配性のイラはワン坊を人間の世界に送り出すことに相当躊躇するだろうとは思ってたよ。少なくとも、半年くらいは。そして1年経った今日、とうとう来てくれて、一安心ってわけさ。」 「じゃあもし、僕がずっとお礼を言いに来なければ・・・」 「ずーっと人間のままだっただろうな。どんな動物だろうが、人間として助けた以上はその動物がお礼を言いに来るまでは元の姿に戻ることが出来ない。とは言っても動物のお礼の大半は一日で済むことが多いから、人間に化けた動物が元の姿に戻れなくなるのはかなりのレアケースだ。」 「もっと早くお礼を言いに来ればよかった。イラおばさん、トムおじさんがいなくなってから母さんとの喧嘩がまた一段と増えてしまって・・・」 「まあでも、おれは助けたのがお前でラッキーだったと思ってるよ。おれたち犬みたいにちゃんと人間にお礼を伝えに行きましょうって文化を大切にしている動物ならいつかは元の姿に戻れる。最近はお礼も伝えない動物も増えてきてて、もしお前じゃなくてそいつらを助けてたらと思うと寒気がするよ。」 「人間へのお礼をやめた動物なんているの?」 「猫だ。あいつらは人の姿かたちに変わることを禁じたから、絶対にお礼に来ない。」
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