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智恵子が姓を「小野」と名乗るようになったのは、三十歳の頃だ。
当時、智恵子には、交際して二年の恋人が居た。小野純一だ。
揃って長期休みが取れたタイミングで、連泊旅行に行った。目的地は香川県だ。ガイドブックを片手に、うどんの食べ歩きを行った。
腹一杯になった後に、展望台がある獅子の霊巌に行った。智恵子達は田舎に住んでいたが、上から見下ろす自然の景色はまた違った魅力があり、溜息が出た。真っ直ぐに拡がる瀬戸内海、グラデーションのように繋がる淡い空。所々に浮かんで見える、緑の島々。それらは全て、見事としか言いようがなかった。
その後、近くにある屋島寺に行った。四国八十八ヶ所霊場の一つで、由緒ある寺院だ。広い境内は緑豊かで美しい。
中でも一際目を引いたのが、本堂のすぐ傍に居る狸の石像である。大きな夫婦の狸が対に鎮座し、小さな子狸を連れている。
まるで家庭円満を模したような像だな、と思った。いつか自分もこのような家族を築きたい。そのような願いを込めて、狸を象った御守りも買った。
その帰り際、純一が智恵子の手を握って言ったのだ。
「智恵子、結婚しようか」
横に居る純一の顔を見る。彼は、優しく笑んでいた。
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