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純一との結婚生活は順調だった。多少の生活リズムが違えど、大きな不満はない。
それでも、一つだけ解消されない悩みがあった。
智恵子は、なかなか妊娠できなかったのだ。三十歳で入籍し、気が付けば三十二歳。その二年間、懐妊の兆しは全くなかった。
夫婦で相談し、智恵子は不妊外来の門を叩いた。噂には聞いていたが、検査や治療は、金銭的にはもちろん、精神的にも肉体的にも負担が大きかった。
毎回下着を脱ぎ、内診台の上で足を開く。体内に金属機器を入れて弄られる。これは何度行っても慣れなかった。時には、内臓に太い釘で突き刺されるような激痛を伴う検査もあった。
そして、三十五歳になった時だ。智恵子の気持ちの糸が、ついにふつりと切れてしまった。
もう駄目なのだろう、と思った。自分には、子を為す事ができないのだ。
純一に申し訳ないと思い、離婚も考えた。知人の出産報告を聞く度、街中で小さな子を見る度に、胸が抉られた。出産経験のない友人としか、話す気になれない。そんな自分を嫌悪したが、どうしようもできなかった。
智恵子は毎夜泣いて、毎朝自分を励まし、また夜には泣いた。夫にも、他の誰にも悟られないよう、隠れて泣いた。
しかし、四十歳になったある朝の事だ。智恵子は、強烈な吐き気で目が覚めて、トイレに駆け込んだ。その後、胃薬を飲んで体を休めていたが、体調は一向に良くならなかった。
重い胃炎にでも罹ったのかと疑い、病院に行った。すると、そこで告げられたのは、懐妊の報せだった。
智恵子は心底驚いた。もう殆ど諦めていたのだ。まさか自分が妊娠できるとは思っていなかった。
智恵子は、幸せを力一杯噛み締めた。生きてきてこんなにも嬉しかった事はなかった。
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