1/1
前へ
/12ページ
次へ

 妊娠八週目から始まったつわりは、日に日に酷くなっていった。  朝目が覚めて一番、空腹感から吐き気を催す。軽くゼリーを口にしてみるが、結局吐き戻す。余りに激しい嘔吐を繰り返せば、顔面に内出血跡が浮き出て来る。  常にビニール袋を抱え、一日を過ごす。体を少し動かすだけで眩暈がする。トイレには、這って行った。入浴は数日に一回。なんとかシャワーを浴びる事ができても、その後は疲労で動けない。夜になっても、気持ちが悪くて眠る事ができない。やっと寝付けたとしても、嘔吐で何度も目が覚める。  もちろん仕事に行く事もできない。智恵子は、上司に我儘を言って、無期限休暇を取得した。  毎日が地獄だった。脱水症状を避けるため、水分だけは摂るようにしたが、その水すらも不味い。何をしても辛い。体が思うように動かない。  それでも、やっと授かった命なのだ。自分の体がどうなろうと、大切に育てたい。智恵子は、必死で耐えた。  気休めは、テレビ番組を観る事だった。ぼんやりと映像を眺めて、時間を潰す。  中でも、子ども番組を好んで観るようになった。お腹の中の子が聴いているに違いない。そう思った智恵子は、知った童謡が流れれば、一緒に歌ったりもした。 「どんぐりころころ、どんぶりこ」  メロディに合わせ、腹部を撫でる。  テレビ画面には、ドングリやイチョウの葉を並べて遊ぶ動物たちが映っていた。秋の季節を楽しんでいる。ウサギやクマ、キツネやタヌキ。我が子はどの子に似ているのだろうと思うと、笑みが浮かんでくる。 「ドングリ集めかあ。生まれて来たら、一緒にしたいね」  いつか自分も、子どもと自然で戯れる日が来るのだろうか。  春になれば花飾りを作り、夏は海に行く。秋になれば落ち葉で遊び、冬は雪だるまを作る。  想像するだけで楽しくなる。 「ママ、あなたと遊べるのを夢見て頑張るからね」  我が子に優しく語り掛ける。  つわりは、一時だけだ。確かに今は辛くて仕方がないが、数ヵ月後には軽減している筈だ。少なくとも、出産までの辛抱だ。  智恵子は、子の誕生を待ち望み、懸命に自分に言い聞かせた。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加