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妊娠八週目から始まったつわりは、日に日に酷くなっていった。
朝目が覚めて一番、空腹感から吐き気を催す。軽くゼリーを口にしてみるが、結局吐き戻す。余りに激しい嘔吐を繰り返せば、顔面に内出血跡が浮き出て来る。
常にビニール袋を抱え、一日を過ごす。体を少し動かすだけで眩暈がする。トイレには、這って行った。入浴は数日に一回。なんとかシャワーを浴びる事ができても、その後は疲労で動けない。夜になっても、気持ちが悪くて眠る事ができない。やっと寝付けたとしても、嘔吐で何度も目が覚める。
もちろん仕事に行く事もできない。智恵子は、上司に我儘を言って、無期限休暇を取得した。
毎日が地獄だった。脱水症状を避けるため、水分だけは摂るようにしたが、その水すらも不味い。何をしても辛い。体が思うように動かない。
それでも、やっと授かった命なのだ。自分の体がどうなろうと、大切に育てたい。智恵子は、必死で耐えた。
気休めは、テレビ番組を観る事だった。ぼんやりと映像を眺めて、時間を潰す。
中でも、子ども番組を好んで観るようになった。お腹の中の子が聴いているに違いない。そう思った智恵子は、知った童謡が流れれば、一緒に歌ったりもした。
「どんぐりころころ、どんぶりこ」
メロディに合わせ、腹部を撫でる。
テレビ画面には、ドングリやイチョウの葉を並べて遊ぶ動物たちが映っていた。秋の季節を楽しんでいる。ウサギやクマ、キツネやタヌキ。我が子はどの子に似ているのだろうと思うと、笑みが浮かんでくる。
「ドングリ集めかあ。生まれて来たら、一緒にしたいね」
いつか自分も、子どもと自然で戯れる日が来るのだろうか。
春になれば花飾りを作り、夏は海に行く。秋になれば落ち葉で遊び、冬は雪だるまを作る。
想像するだけで楽しくなる。
「ママ、あなたと遊べるのを夢見て頑張るからね」
我が子に優しく語り掛ける。
つわりは、一時だけだ。確かに今は辛くて仕方がないが、数ヵ月後には軽減している筈だ。少なくとも、出産までの辛抱だ。
智恵子は、子の誕生を待ち望み、懸命に自分に言い聞かせた。
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