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 妊娠十三週目。まだ腹部の膨らみは目立たないが、超音波検査で見る我が子の様子を見て、感動で泣きそうになる。もう人間らしいフォルムだ。 「今、右の指を動かしましたね」  医師が言う。 「え、もうそんな動きもできるんですか」 「そうですね。ほら、僅かですが、右手を握ったり、開いたりしてる」 「ああ、本当。手先が器用なんですね」  嬉しい。モニター越しに見る映像でも、すでにその命が愛しかった。  胎児の超音波検査が終わると、医師が数枚の資料を渡してきた。  今後のスケジュールらしい。定期的にある尿検査、夫婦による歯科検診、糖尿病を調べる血糖検査。他にも、様々な検査項目と日にちの目安が記されている。  その中に、聞き慣れないものがあった。アルファベットで「NIPT」と書いてある。 「これは何ですか?」  何かの略言葉なのだろうか。智恵子は医師に問うた。 「ああ。それは、新型出生前診断ですね」 「新型?」 「必須ではないのですが、簡単に言うと、胎児の染色体異常を見つける検査です」 「へえ、そんなものがあるんですか」 「割と最近からですけどね。例えばですが、出産前にダウン症が分かったりとかね。ただ、高額ですから。十七万くらい掛かります」  智恵子は、その聞き慣れない検査の案内に目を通した。  遺伝子、染色体の検査。対象が幾つか掲げられているが、その中の一つ「三十五歳以上の妊婦」という項目は、自身に当てはまる。  智恵子は医者に向き直った。 「あの、この染色体の検査なんですけど」 「え? 興味あります?」 「いえ。皆さん、受けてるのかと思って」 「うーん。正直、日本ではまだ少ないと思いますよ。本当に気になる人だけ受ける検査というか」 「私は受けた方がいいんでしょうか。あの、もう四十歳だし」 「どうでしょうね。こればかりは賛否両論ありますから」 「そうですか」 「検査はね、簡単な血液採取で済むんですよ。そこで陽性の疑いと判断されたら、その後に羊水を調べます。大体の人は血液検査だけで終わるので、母体の負担は少ないですね」 「でも、高いんですよね」 「そうですね。安くはないです。まあ、ご夫婦で相談してみて下さい。それでも受ける場合は、電話で予約が取れますから」  医師が言う。確かに、安価ではない。誰でも選択するものではないのだろう。  智恵子は、お辞儀をして診察室を出た。  まずは、純一が仕事から帰って来たら、今日の子どもの様子を伝えよう。右手をきゅっきゅと握る素振りが可愛かったと教えてあげるのだ。  そのついでに、この検査も軽く相談してみようか、と思った。
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