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最終話
「神妙にお縄につけ! クソッタレども!」
「チクショウ! 『瑠璃のリーア』だ! 【トネリコの梢】だ! ぶっ殺せ!」
目の前では魔術が飛び交っていた。まるで花火だ。花火工場の爆発だ。視界いっぱいを魔術が埋め尽くし、それが生み出す光やら熱風やらで俺の目はチカチカして、肌は焼かれていた。
ここはとある海辺の廃墟で、目の前はまさしく交戦状態だった。
「クソが、連中街中じゃねぇからってむちゃくちゃやりやがる。魔力が空になるまでやる気だぜ」
「空になる心配がないんでしょう。強力なバックアップがあるわけですし。それが今回の問題なわけですし」
「『ゼラキエルの大樹』をそのまんま魔力のバックアップに使ってんのか? そんなことしたら下手すりゃ魔力が過剰に流れ込んで体が吹っ飛ぶぞ」
「そんなこと考えてもいないんでしょう。犯罪結社なわけですから」
「呆れたやつらだ」
飛び交う魔術、そのやや後方の崩れたレンガの壁の後でダリルとサヤが言い合っていた。そして、俺はその傍らでなんでこんなことになっているのかと考えていた。
俺が事前に練った作戦は最早なんの役割も果たしてはいなかった。こうなったら全部ご破算である。リーアと向こうの壮絶で煌びやかな魔術の打ち合いを眺めていることしか出来ない。
「どうします? 突っ込みますか?」
「さぁな。まぁ突っ込みゃさっさと終わるが。だが、こうなったのは全部リーアのせいだ。責任取ってやるとこまでやってもらうって考え方もある」
「どう思います作戦参謀」
「いや、参謀じゃない。ただの裏方だ」
俺は懇切丁寧にサヤの言葉を制した。参謀など荷が重すぎる。大体、この作戦だってリーアとダリルにばっちり相談に乗ってもらって決めたのだから俺がこなした部分などほぼないと言って良いだろう。やはり、俺は凡夫の能なしだ。一人ではどうにもならん。
だが、どうにもならないなりに懸命に考えた作戦をぶち壊したのはその相談に乗ってもらったリーアその人なのだ。タチが悪い話である。
本来なら夜まで潜伏し夜襲をかける算段だったが、リーアがうっかり鉢合わせた敵の一員と交戦状態に入り今に至るのだった。
「どうしたもんかな....」
俺は呆然と言った。
今俺たちがなにをしているかと言えば、最近巷で違法魔法道具を製造し売りさばいている犯罪組織と戦っているところなのだった。
これは【トネリコの梢】の仕事であり、もうひと月かけてようやく敵のアジトを突き止め乗り込んだところであり、そしてその敵とまさしく交戦中なのだった。
裏から世界を守る【トネリコの梢】の役割を果たしているところなのである。
そう、【トネリコの梢】の。
あの旅から早半年。俺は【トネリコの梢】の一員となっていた。
あの旅から無事にミルドレイクの屋敷に帰り、しかし俺にはもう行く場所がなかった。今更あの苦痛の思い出しかない街に戻る気は起きなかったし、かといって新天地に行って新しく人生を切り開く気力もなかった。
そんな俺にミルドレイクは【トネリコの梢】の一員になることを提案した。
そもそも、ヌエたちを倒したとはいえカンパニーが俺を殺そうとしていることには変わりがなかった。まだ俺はカンパニーの内情を目撃した参考人のひとりなのだ。
それにまだ魔獣の因子が残っている体のこともあった。なにがどうなるか分からない体なのだ。普通に生きるには不安があった。
残念ながらもう俺は普通の人間ではなかった。
色んな意味で【トネリコの梢】の一員になるのは都合が良かったのである。
そういうわけで、まずは仮という形で俺は【トネリコの梢】の一員になりあの屋敷に住み込みで働き始めたのである。
そして、まずはサポートという役割になり、主にリーアとダリルのコンビと仕事をしている。
仕事の手続きなんかの下準備や作戦の大まかな流れなどを様々な人の助けを借りながらなんとか必死に出来ないなりにこなしているのだった。
そうこうしているうちにあれよあれよと半年が経ったのである。
そんな感じが今の俺だった。
「早く決めてくれジグ。『ゼラキエルの大樹』は本当に興味深い。だが、僕は帰ってクレアさんの入れた紅茶を飲みたい。いや、飲みたい。今すぐ飲みたい。もう帰りたい」
私の横で空を眺めながらぐったりしているレイヴンが言った。レイヴンは今ホームシックのまっただ中だった。この戦いでは役に立ちそうにない。
今回の仕事はあの旅以来のあのメンバーでの仕事だった。
今回もちょうど良く都合がついたのがこの5人だったという流れである。
「あいつらカンパニーの関連じゃないのか。じゃあ、報酬は弾みそうにないな。つまりクレアさんへの贈り物もランクダウンするってことだ。もう帰りたい」
「やかましいですよ。カンパニー関連じゃなかろうが仕事は仕事です」
あの旅でリーアたちが生きて帰ったことで【トネリコの梢】はカンパニーの全容をわずかだが知ることが出来た。組織体系はまだ謎のままだったが、少なくとも本拠地が王都なのは間違いがない。今、組織全体を上げて王都で情報戦を行っているところらしい。
そして俺たちと戦い、そして去っていったヌエとズライグはあの後完全に消息不明だった。もう、俺達の前に現れることはないのだろう。
「困ったな。本当に困った。後は崖だから逃走するってこともないと思うけど」
「やっぱりとっとと突っ込みましょうか。リーア一人だとさすがに押し切れないでしょう」
「ダリいがそうするか。おいレイヴン。廃墟の中に飛ばしてくれ」
「ああ、クレアさん.......」
「ダメだ、完全にホームシックになってる」
俺は呆れて言うしかなかった。気付けばレイヴンは出発前にもらった手鏡を両手で抱きしめぶつぶつとクレアの名前を呟くだけになっていた。
これでは廃墟の中への侵入が出来ない。
作戦はここに来て泥沼の様相を呈していた。
「これもリーアの禁術の反動なんですかね」
「こいつがホームシックになんのはいつものことだ」
あの旅以来【トネリコの梢】の周りでは厄介な出来事が頻発するようになったらしい。リーアとミルドレイクの話ではそれは禁術を使った反動なのだそうだ。出来過ぎた奇蹟の代償に良くない出来事を呼び込むようになっているのだそうだ。
そして、禁術を使ったのは俺のためだったのだ。
なので、俺がこうして仕事をこなすのはせめてもの恩返しの意味もあった。
しかし、いかんせん思ったよりも大変すぎた。
こんなめちゃくちゃな事ばかり起きているのだ、この半年間は。
「ちょっとジグ。どうするのこれから。こういう場合の対処も考えてるんでしょ」
「考えてたけど考えてた以上の状況になっちまったよ」
「なに弱気なこと言ってんのよ! 頼むわよ作戦参謀!」
「いや、だからそんな大それたものじゃない」
崩れかけの小屋の屋根から魔術をぶっ放しまくり廃墟を吹き飛ばしまくっているリーアは困惑の表情だった。困惑しているのはこっちなのだ。本当にどうしたものなのか。
「お、おい。なんかあの廃墟歪んでないか」
「え? あ、本当だ。なんか傾いて.......」
サヤが言うが早いか、廃墟はゆっくりとその形を斜めにねじっていった。要するに倒れていった。つまり倒壊していった。廃墟は音と土煙を上げながら形を失っていった。
中から悲鳴がこだまする。
「ああ!? ぶっ壊れちゃったわよ! 生きてんのあいつら!」
「さすがに防御魔術張ってるだろうが、問題は『ゼラキエルの大樹』の方だ。あれが魔法道具の製造源になってんだろうが」
「あ、見えた。あれだわ。光ってる木みたのが立ってる」
確かに倒壊した廃墟の跡、土煙が晴れたその中に光り輝く木のような形をしたものが立っていた。あれが今回の元凶であり、そして俺たちの目標だった。
と、その土煙の中からまた魔術が飛んできた。敵は健在らしい。
死人が出なくてほっとした反面、要するに状況はなにも改善されていないという事実に愕然とした。どうすればこの戦いは終わるのだろうか。俺にはもうさっぱりだった。
「ええい! まどろっこしい! 行くわよ、サヤ、ダリル!」
そう言いながらリーアは障壁魔術を全開にして突っ込んでいった。後から面倒そうにダリルとサヤも付いていった。
こうなったら俺に出来ることは見守ることだけだった。もはや、なにもかもがなんだかんだで上手くいくことを願うしかない。
俺は壁から頭半分出して土煙の向こうを凝視した。
「ああ、空が青いな......」
うつろな口調で言ったのは横のレイヴンだった。俺もレイヴンの視線を辿り上を見あげる。確かに空は青かった。廃墟だった瓦礫の向こうには海も見える。久々に見た海は綺麗でやはり青かった。気分は良かった。
そして、俺はあの旅でリーアが言った言葉を思い出した。
リーアの話ではこの世界の色はあの空のような色らしい。
なんだか現実感のない意見だ。夢を見ているような言葉だ。
だが、少なくとも今の俺の日常は灰色ではなかった。灰色に見えていたこともあったのは間違いないが、どうやら世界の色というのは一色だけではないらしい。黒に白に、赤や緑や色んな色があるのだろう。
だが、それでももしかしたらリーアの言うとおりだったなら気分が良いなと今は思う。
清々しい、胸が空くような突き抜けるような色。それが世界の色ならばと。
「ああ、ぶっ壊れた!」
しかし、そんな俺の感傷は瓦礫の山の向こうから聞こえる不穏な叫び声でぶつ切りにされた。
なんだ今のは。なにが壊れたのか。
「おい、おいおい! 勘弁してくれよ!」
俺はあまりの不安にたまらず身を乗り出す。土煙の向こうで無事であってほしいものが無事であることを願う。
眼前では魔術が飛び交い、刃のぶつかり合う音が響いていた。
これが、俺の日常で長い旅の最前線だった。
万事快調でもなく、前途洋々でもなく、色々大変なことは山積みだった。
でも、とりあえず今はこれでも良いかと思っていた。
だから、俺は生きていく。最後まで生きていく。
願わくは、世界が澄み渡った青色であるようにと願いながら。
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