空に彷徨う愛の言の葉

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 明確な原因が分からないまま、美穂の精神状態が悪化していくのが分かる。  どうにかしたいと文献を調べるようになったし、いざとなったら心の病かどうかを判断してもらおうと心療内科の評判を確かめていた。  変わらぬ毎日だけれど、彼女はほとんど笑わなくなった。俺を視界に入れると眉根を寄せた。分かりやすい形で伝えようと愛を言葉にすればするほど、愚図り始める子どもみたいな声で突っぱねられた。  結婚前から、情緒不安定になることはよくあった。その度にそっと寄り添って、彼女の心のモヤモヤが晴れるのをひたすら待った。周期的なものだと思っていた。潮の満ち引きや月の満ち欠けのような……。  我慢ならないことが一つだけあった。  「愛してる」や「綺麗だよ」の言葉では心を閉ざしてしまうのに、俺が苛立ちを少しでも(あらわ)にすると、美穂は従ってしまうのだ。  流れは同じでも、特に会話も無いまま始まる夫婦の営みは、精神的にダメージがあった。それでも、直接触れることが許されるその時間を手放したくなくて、何度も何度も繰り返した。  以前なら、熱に浮かされた君が口を滑らしたように、俺の名前を呼んでいた。好きだと言えば、私もだと返事をくれた。  場面が場面だけに本音だと思っていたのに、今は押し黙ってしまう。時折声を漏らすが、決まって俺が深い闇に吸い込まれそうになった時だった。目の前の妻が見えなくなるようで、俺の言葉でいちいち体全体を赤くしてしまう過去の美穂に呼ばれるようだった。  俺の意識がそこに無いと分かると、身体が弛緩する。思い過ごしかもしれないが、何の為に繋がっているのか分からなくなっていった。
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