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お互いの本当の顔
その夜、初めてと言っても良い、美穂に涙を見せてしまった。
「ただいま」
目の前のソファに座って雑誌を読んでいるはずの彼女からは返事はない。自分自身も悪かったと思う。どんな時も余裕ぶって、ヘラヘラしてしまっていた。気づかれたくなかったわけではないけれど、感情を表に出さなくても理解してくれる人はいるからだ。ただ、美穂は勘の良い方では無い。それでも良かった。包容力のある格好いいパートナーでいたかったという方が正解かも知れない。
今日の今日で、俺はどこかおかしかった。最近はずっとおかしいが、幸いにも家庭には察する人はいないから。
いつも通りの流れ。スーツから着替えて、腕まくりをして手を洗う。冷蔵庫を開いた時に気づいた。今夜のおかずに使えそうな食材は全くなかった。
俺としたことが下手したな、と冷静に考えたとは裏腹に、力任せに冷蔵室の扉を閉めた。
「きゃっ」
後ろを向くと、怯えた形相でこちらを見ている。
「どうしたの」
--確かにどうしたんだろう。
応えているつもりで声に出ていない俺の傍に、愛しい君が近づいてきた。再び冷気を頬に感じた。
「あ、何も無いや」
「ごめんね、晩御飯作れない」
「……ちょっと! 待って! え、今泣くところ?」
「え? 泣いてるかな?」
確かに視界が歪んでいく。足下に、ぽたりと雫が落ちた。
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