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どうしてなんだ、と詰め寄るのは俺らしくない。でも、好きな相手に対して『嫌われたらどうしよう』なんて考えて、何も言わないのは更に俺らしくない。
元気がないな、嫁の愚痴でも聞くよ、と上司や先輩や同僚、後輩までもが声をかけてきた。我ながら他者から好かれて気にかけてもらえていることが、こんなにも疎ましいと思ったことはない。
美穂の悪いところを他人に話して、何になるって言うんだ。欠点も含めて愛しているから側にいるんだよ。
潰れるはずのないスチール缶を力一杯握りしめる。今の自分の表情はどうなっているだろう。
「般若か?」
電車のガラスに映った自分を見て、苦虫を潰すしかない。
こんな顔で美穂に会ったら駄目だ。怖がられてしまう。
はっきりと言われたことは無いけれど、美穂が俺を選んでくれた理由は、美穂の中で他の誰よりも俺が優しいからだ。
粗雑に扱われることも多いと、諦めたように笑ったことがあった。心の傷を打ち明けてくれてからは、より一層に丁寧に触れていくように心がけてきた。
ーー美穂、もうすぐ家着くからね
できるだけ口角を上げて、目尻に皺を作るように笑いながら、トークアプリでメッセージを送る。わざとらしいだろうか。
結局、自宅マンションのエントランスに着くまでに返信どころか、既読すらつかない。
まだ7時だっていうのにさ。
本当に寝てしまったんだろうか……
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