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私が勤めているのは、魔導省の出先機関である小さな事務所。人員は私を含めてふたりだけしかいない。
「美味しいクッキーをもらったんじゃよ」
「あらあら、おやつの時間には、少し早いですよ」
「いいんじゃよ。わしはもう十分働いたからの、ここではだらだらすると決めておるんじゃ」
「事務長……、せめてそこはのんびりと言ってください」
「いやじゃ、いやじゃ。そこは『おじいちゃま』と呼んでくれんと、わしゃ返事せんぞ!」
「はいはい、おじいちゃま。それじゃあ、紅茶を入れてきますね」
「ヒルダちゃん、わしの孫にならない?」
「あら、本当のお孫さんもいらっしゃるのに?」
「だって、孫娘はおらんのじゃよ」
少しばかり自由人な事務長は、とにかく顔が広い。各所で揉め事が起きていても、事務長が仲裁に入るとなんとかなってしまう。やっぱりこの事務所、偉いひと向けの天下り先なのかな……。
「休憩が済んだら、先日届いた書類に目を通してくださいね」
「えー、面倒じゃの」
「王立学院の学院長さんからのお手紙でしたから、放置してしまうともっと面倒になりますよ」
「ううう、わしゃ働きたくないんじゃ」
そういうわけで、なんとか書類を書いてもらった私は、またもやおつかいに出ていた。
今回の行き先はくだんの王立学院だ。学校はいい。とても大きいし、地域に浸透しているので、迷わず到着することができる。
とはいえ、もちろん学校ならではの問題もある。そのひとつが敷地内が無駄に広いということ。そう、つまり私はすでに迷子なのだ。せっかくおつかい自体は無事に終わったのに。まさか帰り道で迷うとは。
しかもこの学校には、私以外にもたくさんの迷子がいるらしい。
「すみません、この売店に行きたいんですが……」
「申し訳ない。事務所へはどうやって行けば……」
「お手数ですが、こちらまでの道のりを……」
あのさあ、明らかに部外者の私に声をかけるのはやめてほしい……。そもそも私が迷子だってばよ。
「よくわからないのですが、一緒に探してみましょうか」
それでもひととして、突き放すことはできない。私の顔、無害そうで声をかけやすいんだろうな。ただし、こういうのはごめんこうむる!
「案内してくれたお礼にお茶でも」
「よろしければこのあとお時間は」
「せっかくですし、ご一緒しませんか」
次から次へとまあしつこいこと。案内してもらった礼なんて別にいいから、早くみんな用事を済ませなさいよ。
食い下がろうとする男性陣を追い払いつつ進む。
「くしゅんっ。寒いっ」
太陽が雲に隠れたせいで急に冷え込んできた。もともとすぐに帰るはずのおつかいだったから、薄着で出てきてしまっている。
うっかり財布は忘れてしまったし、いつもは携帯しているはずの非常食も持っていない。もう限界……。
残りわずかの体力をかき集めて、早足で歩く。少しでも体を動かして温めなくっちゃ。よっしゃ、見つけたぞ、正門! これで学内から外に出られる!
「あの……」
門をくぐったそのとき、声をかけられた。またこのパターン。だあもう、鬱陶しい! やっと外の世界に出られたんだ、もう謎空間過ぎる学内には戻らないんだから!
「すみせませんっ、私、急いでいるんです!」
「……ヒルダ嬢、これは失礼した」
「は……え、ええっ!」
ああああ、やらかしたああああ! そこにいたのは、まさかのクレイグさんだった。
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