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(4)
終業時刻もすっかり過ぎてしまったというのに、事務所にはまだ明かりがついていた。あああああ、ご高齢な上司をこんな時刻まで待たせてしまったなんて。これは、本当にクビになってしまうのでは?
「すみません、ただいま戻りました」
「おお、無事に帰ってきてくれて安心したわい。クレイグとの仲は、少しは進展したかのう?」
「ちょ、え、な、何をおっしゃっているのですか!」
私の気持ちって上司にもバレバレだったんですか? いや、うそ、やめてー。そんな羞恥プレイ耐えられないです。くっ、殺せ!
「ですから。その手の話に、ヒルダ嬢を巻き込むなと先日も申し上げたはずです」
「なんじゃ、ヒルダちゃんが帰ってこないと伝えたら突っ走って探しに行きおったくせに。わしの特製魔導具があるんじゃから、ヒルダちゃんに危害を加えられる奴なんぞおらんわい」
すみません、もしかしなくてもおふたりはお知り合いですか? そして、私に特製の魔導具ですと?
確かに世の中には、攻撃から身を守る結界を発動する髪飾りとか、攻撃の意思を察知すると同時に追跡を開始する羽ペンとかがあるとは聞くけれど、どれも一般庶民には手の届かない高級品だ。
待って。この間事務長からもらった迷子防止のお守りって、やたらめったらキラキラしていたような……。まさかね、あれ全部が魔石ってことないよね。てっきりガラスだと思っていたけれど、あの輝きで魔石とか恐ろしすぎて価格を考えたくない……。
「なるほど、反省の色は見られないと。ならば、おばあさまにもお話をしておきます」
「な、卑怯じゃぞ。わしゃ、可愛い孫と可愛い部下がくっついてくれたらいいなあと思って」
「気持ちくらい、好きな相手には自分の口から伝えます。手出しは無用です」
「今日もヒルダちゃんは学生から何度もナンパされておったぞ。本人は道案内だと思い込んでおったようじゃが」
「失礼ですが、防御機能以外は、プライバシー保護の観点から推奨できかねます」
「見守り機能がないと危ないじゃろうが。それに余裕ぶっこいて、あっさりかっさらわれてもわしゃ知らんぞ」
そこで、クレイグさんが少し渋い顔をした。
「……なるほど、わかりました。肝に銘じておきます」
「おお、わかればいいんじゃ。で、これから告白するんかの?」
「とりあえず、屋敷にさっさとお帰りくださいませ」
「待て、わしゃ、まだ言いたいことが」
えーと、すみません。事務長ったら、話の途中で消えちゃいましたけど! 確かに高位の術者は転移も可能だって聞いたことがあるけれど、目の前で見たのは初めてだ。
ご本人の意思ではなさそうだったから、この部屋には緊急避難用に転移陣が仕込んであったのかな。
興奮気味にきょろきょろと周囲を見回す私に、クレイグさまが苦笑いをしていた。
「うちの家族がご迷惑をおかけして申し訳ない」
「いえいえ、むしろいつもよくしていただいています。お孫さんがいらっしゃると聞いていましたが、クレイグさんのことだったんですね」
てっきり、お孫さんってもっと小さいお子さんのことだと思ってましたよ。喜んでほいほいお菓子をもらって食べていた私って一体。
「ああ、そうだな。俺は魔導士のような繊細な作業はどうも苦手で。魔力量だけはあるから、魔法剣士として働いている」
なんとそうだったんですね。こんなすごいひとに、道案内をさせていてよくファンの女性陣に刺されなかったな……。あ、まさかこんなところに魔導具効果が?
「こんな状況でお恥ずかしいが、よければ今度は道案内ではなくふたりで会えないだろうか」
「こ、これはまさかのデートのお誘いでしょうか」
「一応、そのつもりだ」
少しだけ照れくさそうに笑うクレイグさんの笑顔に撃ち抜かれる。
「こ、これは夢なのでは?」
「ヒルダ嬢、むしろ俺は君を道案内しているときからアプローチしていたつもりだったし、なんだったら前回はデートをしていたつもりなのだが……」
「っ!」
「ヒルダ嬢?」
「だ、大丈夫れふ」
片思いだと思っていたら両思いだった上に、妄想デートが妄想ではなく本物のデートだっただと?
限界を越えた私は、ひそかに鼻血を垂らしながら神さまに感謝の念を捧げ続けた。
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