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「今どこにいますか?」
日上美香(ひがみ みか)が電話で呼び出した婚約者は、聞きなれない言葉を返した。
「笠舞に木霊い」
「カサマイ?」
「そう、笠舞。金沢市にある笠舞だ。俺の故郷」
美香の婚約者である真田永道(さなだ ながみち)は淡々と答えた。
◇
美香と永道は会社の部下と上司の関係であるが、結婚を前提に交際を始め、今年で四年目を迎えた。
十二月二十四日。クリスマスイブであり、美香の誕生日である日。美香は永道からプロポーズを受けた。二十八年間生きてきて、最上の幸せを掴んだ。
永道と音信不通になったのは、プロポーズから一週間も経たない十二月二十九日だった。仕事納めの翌日であり、よほど疲れて寝こんでいるのだろうと、美香は考えた。
しかし年越しのために予約した高級ホテルにも永道は姿を現さず、美香は独り寂しく新年を迎えた。
正月三が日も過ぎ、明日から仕事かと憂鬱になった美香のもとに未登録の番号から着信があった。いつもならば不審な着信は無視するが、相手は永道だと直感した。
◇
「もしもし……永道さん?」
「ああ、俺だよ。美香」
「今どこにいますか?」
「笠舞に木霊い」
「カサマイ?」
「そう、笠舞。金沢市にある笠舞だ。俺の故郷」
「どうして今まで連絡してくれなかったんですか? 私、ずっと心配していたんですよ」
「悪かった。身内に不幸があったから、実家に帰っていたんだ」
「それは……あの、すみません、ご愁傷様です」
「…………本当は美香も連れていきたかったんだ。美香は俺の唯一の人だから」
「永道さん……」
美香はある違和感を覚えた。だが、それが何なのかを理解できなかった。
「永道さん。どこから電話してるんです?」
「美香、すまない。本当に君を愛している」
「永道さん答えてください! あなたは本当に故郷に帰っているんですか? 私を騙そうとしていませんか?」
「そろそろ時間らしい」
「時間って、いったい……」
「愛しているからこそ、一緒に行けない。美香、ありがとう。こんな俺を好きだと言ってくれて」
「永道さん!」
通話はこれきりだった。美香はリダイヤルするためにすぐに携帯電話の着信履歴を調べたが、どうしてだか永道とおぼしき履歴は存在しなかった。
◇
一月四日。出勤した美香を待ち受けていたのは、なかば確信を持っていた事実だった。
一月三日。真田永道、死亡。享年三十三歳。
死因は心不全とだけ聞かされた。
職場恋愛を秘密にしていた手前、美香は表立って永道の死を悲しむことができなかった。しかしその日はつまらないミスを繰り返し、上司に叱責され、同僚や後輩から冷たい目で見られた。
美香の悲しみは時が解決できるものではない。永道の葬儀は近親者のみで執り行われたため、会社としても永道を弔うことができなかった。
永道の死から半月後、美香は気力体力ともに限界になり、しばらく休みを取った。永道の死に関して、どうしても確かめなければならないことがあったからだ。
◇
都会生まれの美香にとって、笠舞という地名は永道から告げられなければ足を踏み入れなかった場所であろう。
笠舞という地名を調べていくうちに、美香は不思議な都市伝説に行きついた。
魂が木霊する怪トンネル。
地元の住人に話を聞くと、子供の頃の言い伝えだと前置きがあった上で、詳細を知ることができた。
かつて笠舞の山奥にあるとあるトンネルで落石事故が起きた。ずうん、ずうん、と大きな石がトンネルの出入り口を塞ぎ、通行中の多くの人々がトンネル内に閉じこめられた。
救助活動は難航し、その間にも「おおい、おおい」と助けを求める声は木霊し続けて、ようやく落石を取り除けれた頃には、生き絶えた死体が山積みになっていた。
以降、そのトンネル内では不審死が相次ぎ、決して通ってはいけない曰く付きの場所となった。
意を決して、美香はそのトンネルを探した。中に入るつもりは毛頭ないし、言い伝えを信じるほど信心深くもない。
だが、永道が電話で伝えた場所は確かにこのトンネルだろう。
『笠舞に木霊い』
カサマイ、ニ、コダマ、イ。
何かあるに違いない。笠舞という地名において、木霊を意味する場所はこの怪奇トンネルしか検討もつかないのだ。
山奥のトンネル付近では雪がちらついていた。美香は凍える両手に息を吹きかける。ほんの少しだけ温かい。
「永道さんのために、お花買えればよかったんだけど……」
美香は誰ともなく口を開く。
「この時期には永道さんが好きそうなお花売っていなくて。ごめんなさい」
舗装しきれていない道を滑らないように注意しながら、美香はトンネルに近づく。入口は目の前だ。
未登録の番号から着信が入る。
すぐさま美香は電話に出た。
「永道さん! 永道さんでしょう? 私です、美香です。もしもし? もしもし?」
ガシャンと荒々しく受話器が置かれたような音を立てて通話が切れた。
美香はすぐさま着信履歴を確認したが、やはり永道と思われる未登録の番号は履歴に存在しない。
「どうして、永道さん……、あっ」
受話器。
美香は本能的に受話器が切られたのだと察知した。悪寒がする。山間部の寒さからくるものではない。その正体はずっと美香の目の前にあったのだ。
「……永道さん?」
寂れた電話ボックスがトンネルの入り口にぽつんと建っている。
美香は本能的にこれ以上進むことをやめた。
電話ボックス内の公衆電話の受話器が宙ぶらりんに揺れていたのだ。
まるで先ほどまで誰かと電話していたかのように。
了
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