恋人デート??⑤

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恋人デート??⑤

 ◇ 「わぁっ、すごいね! てっぺんだ!」  大観覧車の頂上まで来たところで思わずはしゃいだ声を上げてしまい、すぐに我に返った僕は慌てて口を両手で覆った。  昼食後、再び右回りに観て回ることにして、早速乗ったのが、この大観覧車だ。約二十分かけて一周するらしく、搭乗前はこの狭い密室内でどうしたらいいのかと妙に不安になっていたけど、いざ動き出すと景色の良さに惹かれてどうでもよくなっていた。その結果、何も考えず子どものように喜んでしまった、というわけだ。 「透はやっぱり、綺麗な景色が好きなんだね。こういう絶景って、創作意欲が刺激されたりするの?」  優人は馬鹿にするわけでもなく、ごく自然に微笑んでそんなことを訊いてくる。僕ばかりが情緒不安定なようで何だか悔しいけど、そうやって普通に話し掛けてくれるのは嬉しいし、話題を僕に合わせてくれようとしている優しさにも不覚ながらグッときた。不規則な心音は聞こえないフリをして、海のほうを指す。 「……ああいう綺麗な海を見ると、すぐに描きたくなるよ。ここに画材が無いのが残念だな、って思っちゃうくらいには」 「いいね。……海、好き? 『初恋』も、なんとなく海っぽいというか、水面っぽい感じだったよね。綺麗な青色だった」 「ありがとう。……あの絵をそんな風に覚えていてもらえているなんて、なんだか照れくさいな」 「あの絵のことは、絶対に忘れないよ。──あれは、本当に綺麗な絵だった。一目見て、美しいラブレターみたいだ、って感じた」 「……えっ?」  ラブレター、という単語にドキリとした。  「初恋」は、確かに優人へのどうにもならない想いを籠めながら描いたものだ。あのときの気持ちが恋だったとしても、恋ではなかったとしても、ある意味ラブレターだったことには違いない。気持ちを見透かされたようで、なんだか苦しい。  チラリと優人のほうを見ると、想像以上に熱い眼差しが返されていた。──どうして。どうして君は、そんな目で僕を見るんだろう。……そんな、勘違いしてしまいそうな目で。 「……優人くんは、ラブレター貰ったことある?」 「えっ……?」  優人の瞳は我に返ったようになり、わずかに狼狽え、少し動揺して、でも彼は真摯に答えてくれた。 「あるよ」 「誰かとデートしたこともあるよね。きっと、この遊園地でデートしたことも」 「……うん、あるよ」 「そっか。……じゃあ、今日は? 今日の僕たちは、何をしているんだろう」 「……、俺は、デートだと思っているよ」 「それって、友達の? それとも、恋人の?」  その問いに対して、優人は複雑な表情で唇を引き結ぶ。やっぱり彼は、肝心な部分で言葉を濁してしまう。それはお互い様だけど、せめて僕はもう少し、一歩でも先に進めてみたいと思った。 「友達同士で出かけることも、デートって言うじゃないか。それなら、僕も昨日、武蔵としたよ。……今日もそれと同じ? それとも、違う?」 「……」 「優人くんは、僕のことは本気だって言ってたよね。その本気って、何? 恋人のお試し期間って、いつまでなのかな。それも本気、なのかな。……それとも、違う?」 「……」 「……」  ゴンドラの中、奇妙な沈黙が満ちる。僕たちはどちらも唇を閉ざし、だけど視線は逸らさず、互いに相手の心を探っているようだった。  地上がだいぶ近くなってきている。あと何分かで、この密室空間は終わるんだ。外の世界に出たらきっと、こんな風にちょっと強気で前向きに一歩踏み出そうと思えた気持ちの魔法は解けてしまう。  何か言わなければ、と僕が気持ちを焦らせていると、先に優人が口を開いた。 「……もう少し、時間をくれないかな」  じっと僕を見つめながら、彼はちょっと掠れた声で更に続ける。 「透のこと、俺は本気で考えてるよ。だけど、本気だからこそ、間違えたくないんだ。君とずっと一緒にいるために、俺の立ち位置を見誤りたくない」 「立ち位置……?」 「そう。だから、もう少し……、文化祭。文化祭まで、俺とお試しで付き合ってくれないかな。そのとき、お互いに答えを出そう」 「お互いの、答えを?」 「うん。俺は、透のことをたくさん考えてるし、これからも考える。だから透も、俺のことをいっぱい考えて答えを出してね」  もうゴンドラが到着してしまうこともあって、僕は素直に頷くしかなかった。文化祭まで、あと一ヶ月くらい。その間に、僕は自分の中にある彼への気持ちが何であるのかを結論づけて、彼とどうなりたいのかを考えなくてはならない。僕が出した答えと彼が出した答えが合致するかどうかは、分からない。それでも、考えなくては。  まるでカードゲームのようだけど、僕は本気だし、優人も真剣なんだろう。 「透、降りよう」 「あ……、うん」  促されるまま外に出る。地面に降り立つと、ふわふわとした感覚になった。観覧車の中の出来事が夢だったような気もするけれど、ほのかに香る海風が現実だと教えてくれている。  乗り場を離れてから、次のアトラクションもまた右回りに進むのかなと思って園内マップを広げていると、隣に立つ優人が少し言いづらそうに「あのさ」と話し掛けてきた。 「観覧車、今乗っちゃったけど、夜にももう一回乗ってもいい……かな?」 「えっ? いいけど……、そんなに観覧車好きなんだ?」 「えっと……、うん、好き、だけど……、透に見せたいものがあるから乗りたい、というか」 「見せたいもの? あ、夜景とか。確かに綺麗だろうね」 「うん、……内緒。楽しみにしててね」  首を傾げる僕の視線の先で、優人は、はにかみがちに笑って見せた。
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