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恋人デート??④
出汁巻卵のサンドイッチ、混ぜごはんの稲荷寿司、塩麹漬鶏の唐揚げ、炙りベーコン入りのポテトサラダ、エビ春巻き、こんにゃくの金平炒め。──そんな内容のお弁当たちは、それぞれを個別の容器に詰めていたからか、乱暴に扱ってしまった割には、そこまで崩れていなかった。
内心でちょっとほっとしながら優人の前に並べていくと、彼は満面で笑う。
「すごいよ、透。どれも本当に美味しそう! 嬉しいなぁ、本当に本当に嬉しいなぁ」
「もう……、おおげさだなぁ」
「おおげさじゃないよ。全部、本心なんだから。ね、透。さっそく食べてもいい?」
「もちろん。どうぞ、召し上がれ」
「いただきます!」
きちんと手を合わせてから、優人はにこにこしてサンドイッチをひとつ摘まみ上げた。彼は卵焼きが大好きだから、それを真っ先に狙うような気がしていたんだ。予想通りの彼の行動に、つい口元がにやけてしまう。そんな僕の視線に気づいているのかいないのか、優人は行儀が悪くはない範囲内で豪快にサンドイッチへかぶりついた。
「んー!」
嬉しそうな響きで唸り声のようなものを上げた彼は、そのまま一気にサンドイッチを食べ切り、きっちりと呑み込んでから拍手する。
「透! 本当に美味しいよ! 君の卵焼き、いつも美味しいし、そのまま食べるだけでも十分なくらい美味しいんだけど、こうしてサンドイッチにするのもすっっごく美味しいんだね」
「そんなに『美味しい』って連呼されると逆に信憑性が……」
「嘘じゃないよ!? 俺の語彙力が足りなくて美味しいしか言えないんだけど、ほ、ほんとに、」
「ふ、ふふっ、あははっ。冗談だよ。分かってる。……ありがとう。そうやって喜んでもらえるのは、素直に嬉しい」
慌てて言い重ねる優人はちょっと面白かったけど、からかうのはなんだか申し訳ないし、褒めてもらえるのは少し照れるけど嬉しい。だから途中で彼の言葉を遮ってしまったんだけど、僕が笑うと優人も安心したように笑ってくれた。
よかった。こうして笑い合っていると、お化け屋敷での気まずさなんか溶けていっちゃう気がする。でも、感謝の気持ちをきちんと伝えるのは大切なことだ。僕は、この場の空気が重くならないように気をつけつつ、さりげなく「ありがとう」と伝えてみることにした。
「遊園地に誘ってくれたお礼に、と思ってお弁当を作ったんだけど、こんなのじゃ足りないくらい世話になっちゃったね。色々とありがとう、優人くん」
「そんな、お礼を言いたいのは俺の方なんだよ。いつも美味しいお弁当を作ってくれて嬉しいし、今日もこうして付き合ってくれて嬉しいし。……ありがとう、透」
「うん、こちらこそ。……優人くんは、ここに来たことって何回もあるよね?」
「えっ、うん……、まぁ、あるけど」
「僕と一緒でも大丈夫? ちゃんと楽しめてる?」
中学時代の優人はとっかえひっかえ色々な女の子と付き合っていたみたいだし、遊園地デートも何度もしているはずだ。そんな過去の思い出と比べて、今日がつまらない一日だったと記憶されるのは、……なんだか嫌だ。
不安といっていいのか分からないザワザワした心のまま、呟くように尋ねた僕に対し、優人は真剣な眼差しを返してくる。
「楽しいよ。今までで一番、楽しい。嘘じゃないよ」
「いや、でもさすがに一番は……」
「一番だよ。こんなに楽しくて、ドキドキして、ちょっとハラハラして……、こんなの初めてだ。透と一緒に来られて、本当に嬉しい。透と一緒だから、嬉しい」
どうして? と訊いてみたい。どうして、僕と一緒にいることをそんなに喜んでくれるの? 君のその気持ちの奥底にあるのは、何?
でも、そんなことを訊けるはずがない。優人の瞳は蕩けそうに甘いのに、彼は肝心なことは何も言ってくれない。そして、僕も一歩を踏み出せない。
だけど、そうやってお互いに様子を窺っているばかりじゃ、ずっとこのままズルズルと中途半端な状態が続いていってしまう。──今日、少し勇気を出してみてもいいのかもしれない。昨日、武蔵に打ち明けて背中を押してもらえたからか、僕はちょっとだけ前向きになれていた。
「僕も、優人くんと一緒に来ることが出来て嬉しいし、楽しいよ」
「……ほんと?」
「うん、本当。遊園地に来たのなんて久しぶりだし、親以外と一緒に来たのは初めてなんだ。……初めてが優人くんと一緒で、よかった」
「透……」
「嘘じゃないよ?」
そう、嘘じゃない。僕自身の気持ちはまだはっきりしていないし、優人の心もよく分からないままだけど、それでも、今日ここに彼と来られて良かった。
今日がただの「おでかけ」だったとしても「デート」だったとしても、家族以外の誰かとこうして遊園地を巡っている相手が優人でよかったと、心底思う。
武蔵と一緒だったなら、もっと気楽に楽しめたとは思う。何の遠慮もいらないし、何か粗相をしていないかと不安になることもなく、最初からお化け屋敷なんか拒否していただろう。でも、僕が今噛みしめているような感情は、武蔵と一緒にいて生まれるようなものじゃない。
胸が少し痛むような、それでいてふわふわしたもので満たされるような、甘酸っぱい味がしそうな気持ち。それが何なのか、まだ断定できていないけど、それでも、この想いを知ることが出来て良かったと、そう思うんだ。
「透」
「ぇ、わっ……、な、なに、」
「透」
不意に手首を掴まれて、上擦った声を上げてしまう。僕の手首を軽々と巻き取ってしまえる長い指の感触と、そこから伝わってくる体温の熱さに、こちらの鼓動が速まってしまいそうだ。
思わず優人の顔を見てしまうと、彼の黒々とした瞳には体温に負けず劣らずの熱が宿っていた。そうして僕の手首を捕らえた彼は、何かの衝動を堪えるように何度か唇を開閉させてから、最終的に少し掠れた声で「透」ともう一度、僕の名前を呼ぶ。
彼の声で発された何も熱がうつってしまったような、そんな変な感覚になった僕は、少しだけ怖くなって、掴まれた手首を振るようにして彼の指を外させた。
「もう……、ほら、ごはんを食べようよ。楽しみたいアトラクション、他にもいっぱいあるんだし」
「あ、ああ……、うん、そうだね」
わざとぶっきらぼうに差し出したフォークを、優人は微苦笑で受け取る。今度は僕の手に不躾に触れないように意識しているであろう彼の指先に対して複雑な気分を抱きながらも、僕はそれを意識しないようにしてサンドイッチに手を伸ばすのだった。
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