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プロローグ
忘れもしない、高校入試の日。
僕は風邪をこじらせて、酷い高熱のまま試験を受けに来ていた。体調不良を言い訳にするわけではないけれど、頭がボーッとして準備を怠ってしまっていた。消しゴムを忘れてきてしまったのだ。
ただでさえ顔色が悪いのに、更に青ざめていると、隣から伸びてきた手に軽く肩を叩かれた。
「もしかして、消しゴム忘れちゃったのか?」
嫌味ではなく優しさに満ちた穏やかな声の方を振り向くと、サラサラとした黒髪で整った顔立ちの少年がこちらを見て微笑んでいた。眩しくて目を逸らしたくなるほど、綺麗に澄んだ瞳だった。
「急に声掛けてゴメンね。なんか焦って探してるみたいだからさ。消しゴム忘れたんだろ?」
声を出すのが億劫で黙って頷くと、彼は「そっか」と呟くと自分の消しゴムを真っ二つに割った。まだ真新しいと思われる物だったのに何をやってるんだろうとギョッとしていると、割ったうちのひとつを僕に差し出してきた。
「ほら。とりあえず今日はこれでしのげるだろ」
「……えっ?」
「ほら、受け取って。もうすぐ試験官来ちゃうから」
「え、でも、そんな……悪いよ」
「いいから。だってもう割っちゃったしさ」
「うん……ありがとう。助かったよ」
「どういたしまして。具合悪そうだけど、頑張ろうな」
そしてすぐに試験官がやって来て、試験が始まった。二教科受けた後は試験会場の教室を移動しなくてはいけなかったから消しゴムを返そうと思って声をかけたけれど、少年は笑顔で首を振って「あげるよ」と言ってくれた。
これが彼と初めて会った時のこと。きっと彼は覚えていないだろうけど、僕はずっと覚えていた。忘れられるはずがなかった。
入学式で首席合格者だったらしい彼が新入生代表で挨拶しているのを見て、胸が高鳴って仕方がなかった。それからは、遠くからずっと彼のことを見ていた。追いかけたりしなくても、彼は何かと学内で目立つ人だったから見かける機会は多かった。
どんな時でも、どんな人に対しても、あたたかく声を掛けることが出来る人。憧れはいつしか、特別な"好き"に変わってしまった。胸を締めつける、特別なほろ苦い感情。その切なさは初恋なのではないか、と僕はすぐに気がついた。
けれど、伝えるつもりはないし、ずっと隠すつもりだったのに。
そう思っていたのに、彼が始めてしまった。
想像もしていなかった形で、この恋物語を。
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