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動画
眼を開けるとクスクスと笑う声が聞こえた。
はっとして見回すとたっちゃんと茜さんがクスクスと笑っている。
一瞬ここがどこか分からなくなったが直ぐに居酒屋で寝てしまったんだと気づいた。
「ごめん寝ちまった」
「いいよ。いいもん撮れたしな」
そう言ってたっちゃんはスマホをちらつかせる。
「それにしても虎太郎、姉ちゃんの前であの女の寝言はだめだぜ。姉ちゃんは聞いてなかったけどよ」
確かに今そんな夢を見ていた気がする。そのせいか五年間で薄れた記憶が再び色濃く植え付けられた気がした。
俺は身震いをさせて顔を振ると、別の話題は無いかと模索した。でもたっちゃんは思い詰めるような面持ちで言う。
「でもさあの子の自殺は本当衝撃的だったよな」
「ど……どういう事だよ。自殺って」
「え?あの動画見てないのか?て、お前、確かその時にはもう東京の家に行ってたんだっけな」
たっちゃんはスマホを取り出し、なにやら検索を始めた。
「何調べてるんだよ?」
「決まってるだろ。その動画だよ。あー、でも駄目だ。削除されてるわ」その時俺達の間に割り込むように「あたしその動画もってるよ」と茜さんが割り込んできた。
「マジ?姉ちゃん保存してんのかよ」
「うん」
「うぇ。姉ちゃん流石に引くわ」
「あ、あったあった」
茜さんが俺とたっちゃんの間に割り込みスマホをテーブルの上に置いた。画面には何の変哲もない部屋が映っている。画面中央の再生マークを押せば始まるのだろう。
一体何が始まるというのだろうか。
躊躇っていると茜さんが「スタート」というかけ声と共に再生ボタンを押した。
動画が流れだして直ぐに佐切が出てきた。頬にはまだ痛々しい傷が残っている。
『虎太郎くん。この前は取り乱してごめんなさい』
画面の中の佐切は俺と公園で合った時と同じ服を着ていた。
『私、虎太郎くんを好きになって本当に良かったと思ってる。でも虎太郎くんは私を望んでない……側に居ることを許してはくれない。それなら私はいっそこの体を捨ててあなたの記憶の中だけで生きたいと思います』
佐切はそう言と包丁を取り出し首に当てた。俺はその後の映像は見れなかった。ただ佐切の声だけは聞こえていた。
『虎太郎くん……もう触れ合う事はできないけど私、虎太郎くんの記憶の中で永遠に生きつづけるね』
その言葉を最後何も聞こえなくなった。
動画が終ると店内に重い空気が流れた。
その重い空気を吹き飛ばすように茜さんが「あのさぁー」と明るく声を上げた。
「私さ思うんだけどそいつ死んでないと思うよ」
俺とたっちゃんの「へ?」という声が重なった。
「ど、どうして死んでないっておもったんですか?」
茜さんはスマホ机に置くと動画を再生した。俺は顔を背けると、茜さんに、いいから見ててと促され仕方なく動画を見続けることにした。
動画を見終わると胸の奥がムカムカとしてさっき食べた物を戻してしまいそうだった。一体これを見て何故死んでないといえるのだろうか?明らかに包丁は喉を切り裂いていた。出血の量からしてもそれは間違いないと思う。
「なぁ姉ちゃん。これの一体どこが死んでないって言うんだ?明らかにこれは死んでるでしょ」
「いやいやよく考えてみて死んでるならいったい誰がこの動画広めたの?」
確かにそうだと思った。おそらくこの動画を一番見せたかったのは俺だろう。この動画を見た俺は心配して佐切に連絡する。そして俺に振り向いてもらう為の偽装工作……だったと思う。だが、俺がスマホを変えていたせいで動画は届かず結局連絡が来ることがなく、痺れを切らした佐切は自ら連絡を取ろうとするも宛先不明で連絡が戻ってきてしまってそこで初めて俺が連絡先を変えた事を知った。それなら手段を変SNSで自ら拡散し俺の眼に入ることを期待した。それが今頃叶ったわけか。
茜さんを見るとこちらの様子を伺っていた。
「わかりました。茜さんの言う通りこれは偽装で間違いないと思います。なのでさっきは早とちりしてしまってごめんなさい」
「分かればよろしい。さ!今日は店閉いだよ!出てっておくれい!」
そう言われると会計を済ませ俺もアパートに戻ることにした。
たっちゃんに送って行こうか?と聞かれたが「俺はお前の女か?」と言って断ると笑いながら確かにそうだと言って返してきた。俺達はまた飲みに行こうと約束を交わし現地解散することにした。
帰り道、スマホを見ると時刻は午前2時を回っていた。流石に長いしすぎたと少し反省した。
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