お帰り

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お帰り

 俺はアパートに帰ると山積みになったままの段ボールを見てため息を漏らした。  残りは帰ってからやるつもりだったがもうこんな時間だ。また明日やるとしよう。とりあえず寝るスペースを確保しようと、積まれた段ボールを押して移動させていると、ガサッと袋を引きずる音がした。  何?  俺は積まれた段ボールの後ろを見るとゴミ袋があった。中を確認すると五年前に使っていたスマホだった。  なんでこんなところに?  そう思いながらも俺は居酒屋での会話を思いだした。 俺にもあの動画が送られていたんだよな……。  何故か俺は腑に落ちなかった。本当にあれは演技だったのか?  それを調べるにはこのスマホの電源をつけると必要があった。  俺はスマホの充電を開始した。流石に五年も放置したスマホ。電源なんてつかないと思っていたが、赤いランプが点灯し充電されているという印がついた。  意外と電池もつもんだな。  そう思いながら電源をつけると静かに起動した。  画面に茜さんと俺のツーショット写真の待ち受けが現れ、懐かしいと思いつつも、メッセージBOXを開くとやはり例の動画はは届いていなかった。代わりに『未受信メッセージあり』というアイコンが点滅している。  俺はそれをタップすると『未受信のメッセージを取得しますか?』という表示に対して『はい』を選択した。  すると画面上でぐるぐると進捗インジケーターが回りだす。  古いスマホだから処理するのに時間がかかりそうだと思った俺は、少し酒臭い体でも洗い流そうとシャワーを浴びることにした。  シャワーを浴び終わりさっぱりしたところで再びスマホを見た俺は思わずゾッとする。  受信BOXが満タンになっていたのだ。  BOXを開くと宛名が全て佐切になっている。  ある程度の予想はしていたがここまでとは正直予想していなかった。流石に全て開けて見ようとは思えない。  俺は最後の方に届いたメッセージをいくつか開いて見ることにした。  やはり想像通りの文面だった。  好き、愛してる、そんな言葉が表示される。  俺はある程度見たところで、内容がさほど変わらないと気づいた俺は一番最後のメールを見ることにした。  開くとそこには例の動画が添付されていた。  今回は目的があって動画を見る。だからか抵抗はそこまで感じなかった。 俺は動画の再生ボタンをタップすると動画は再生され、居酒屋で見た映像が流れ始めた。そして、映像は包丁を首に突き付け切り裂いていくシーンになった。  佐切は包丁を突き付けるとそれを押し込んだ。  包丁の先が少し刺さったところで動きを止めると声をあげ苦しみ始めた。佐切は涙を流し、本当に痛そうにしていた。  これは本当に演技……なのか?  胸が痛い。俺には到底演技には見えなかった。  佐切が一度包丁を抜くと、刺さっていた傷口から血が溢れだす。  その血は首を伝い白のニットワンピースを赤く染めていった。  佐切は包丁の刃を自分の方へ向けると腕を伸ばした。そして今度は勢いをつけ、首に突き刺す。佐切は苦痛に顔を歪め血の涙を流しながら天井を見つめた。そして口を大きくあけ「あああああ」と抑揚のない声を発し始めた。大量出血のせいで時折ゴポゴポという音が混じる。佐切は眼を大きく開くと包丁を再び首に突き刺した。もう苦しむ素振りはない。ただ機械的に、何度も何度も刺すのだ。そしてついに佐切は倒れ絶命した。  佐切のあの不気味な声だけが俺の脳内で再生され続けている。演技であの声が本当に出せるのか?そんな疑問を胸の内に秘めながらも動画はここで終わりだと思い、バックマークをタップして戻ろうとしたとき、ある異変にきづいた。  動画が続いている?  居酒屋で見た動画はここで終わりだった。  俺はそのまま再生を続けた。暫くすると『いやぁああああああ!』という女性の叫びが聞こえ画面を見ると佐切を抱きかかえている人間が映り込んでいた。  俺はその人物が誰なのか直ぐに分かった。  佐切の母だ。母は娘を抱えながら電話をかけ始めるとそのまま佐切を抱え部屋を出ていってしまった。  それから暫くすると母が部屋に戻り何かを探し始めた。そして机の前で立ち止まり何かを手に取った。  どうやら手紙か何かのようだ。少しすると、嗚咽を上げその場で泣き崩れた。俺はその姿を父親を亡くした時の母の姿に重ねてしまった。  俺は急に胸が苦しくなり、これ以上は見れない、と思い、動画を止めようとしたとき、突然母が辺りを見回し何かを探し始めた。  一体何を探しているのか?そう思っていると急に母の顔がぐるりと回り母と俺の視線が合った。  合うはずがない。これは動画であってテレビ電話ではない。次の瞬間、母はこちらに向かってきた。画面越しだというのに本当に殺されると錯覚した俺は咄嗟にバックボタンをタップし戻った。  あ……あれは演技じゃなかった。佐切は本当に死んだ……のか。俺は突然吐き気に襲われトイレに駆け込んだ。  あれは全て演技ではなかった……。  俺はトイレから戻るとメッセージを全て削除した。  スマホを畳の上に放り投げるとそのまま横になった。どっと疲れが押し寄せる。  これで、これで終ったんだ。  急激な睡魔に襲われ瞼を閉じかけたその時、ピロンと着信音を奏で始めたのだ。  それは新しいほうのスマホで、見るとSNSからのメッセージだった。宛名はたっちゃんとなっていた。俺はそのメッセージの返信は明日にしようと、SNSを閉じようとしたとき再びメッセージを受信した。だがその宛名に凍りついた。  佐切……。  でも佐切は死んだ……はず……。  じゃこれは……。  思い当たる人物は一人しか居なかった。  佐切の母。  俺はそのメッセージ開くいた。  『お帰り』  自分の中で大音量で警笛がなっていた。  逃げろ。逃げろ。殺される。  俺はスマホをもって逃ようとしたとき、玄関からコンコンとノックする音が聞こえた。  不味い。俺はなにか武器になるものがないか部屋を見回した。すると調理器具と書かれた段ボールを見つけ蓋を開けた。  中には以前から使用していた包丁が入っていた。俺はそれを握り構える。  佐切の母はガチャガチャどドアノブを回して無理矢理開けようとしている。こんなときに限って玄関のチェーンをするのを忘れてしまった。  チェーンをしに戻るか?いや、その時扉が開いたらどうする。そんな事を考えていると、玄関がガチャンと施錠を解除する音が聞こえ、咄嗟に俺は電気を消して段ボールの影に身を潜めた。  心臓が破裂しそうだった。息をじっと潜め奴が来たところを倒して……。  倒してどうする?  馬鹿か俺は。相手は俺を殺しに来てるんだぞ。  覚悟は決まった。これは正当防衛だ。  迫る足音。  暗闇にもう眼は慣れた。間違いなく刺せる。  そしてついに俺の横に奴が姿を現した。俺は包丁を強く握りしめ構えると奴めがけて体当たりした。全体重をかけた渾身の体当たり。俺の腕半分ほどの長さがある刺身包丁は全て奴の体の中に収まっていた。  やったぞ。これで俺は呪いから解放されるんだ。  部屋の灯りをつけると同時にスマホが鳴った。メッセージの相手はたっちゃんだった。  俺は未読になっていた分のメールも一緒に見る。   一通目『店にアパートの鍵忘れただろ。さっき姉ちゃんから連絡あって今届けに行ってるみたいだから。姉ちゃんのこと宜しくな』   二通目『これさっき店で虎太郎が寝てる時に撮った写真見てたんだけど、まじでお祓い行ったほうがいいぞ』  そのメッセージにはその写真も添付されていた。  目の前の茜さんの体からは大量の血が流れ出ていた。その彼女の側には俺が好きだったプリンのデザートが2つ転がっていた。その茜さんを見下ろすように佐切が立っていた。そして偶然なのか茜さんはその佐切と同じニットワンピースを身にまとっていた。 了
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