第1章: サイゴ ノ テガミ

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第1章: サイゴ ノ テガミ

「おにいちゃん、今どこにいますか?」  キィン・ルイが開封した手紙には、妹からのメッセージが書かれていました。 「カシイさん、僕がどこにいるかなんて、妹に教えていないですよね」  郵便屋は、くつろげた胸元に帽子で風を送り込みながら、「ふん」と鼻を鳴らしました。 「キィン、手紙の出し方、忘れたのか? 宛先は住所じゃなくて、個人だろうが」  この国の郵便屋は魔法の力で、手紙の宛先人がどんな場所にいようと、その人のところへ確実かつ迅速に届けてくれるのでした。 「これだけは言っとくがな。どんなにアホで怠惰で仕事が出来ないやつでも、郵便屋は制服を着ているかぎり、送り主の個人情報を漏らしたりしないんだよ」  カシイは、誰にものを言っている? といった口調で言い返してきました。 「だってカシイさん、制服いつだって着くずしてるし」 「今すぐ素っ裸になって、川にでも飛び込みたいところだ。けどよ、仕事を終えるまでは脱がねえって決めてる。俺はまじめだからな。……ボタンのひとつやふたつは大目に見ろって」  キィンは真面目な顔を保てずに、つい吹き出してしまいました。外してるボタンはひとつやふたつではなく、制服の上着とシャツのほとんど全部だったからです。 「今日はもう手紙を届けたのだから、郵便宿で行水すればいいじゃないですか」 「いや、まだだ。チィちゃんから、必ずその場で返事をもらうように、と言われてるんでな。その手紙になにが書いてあるのか知らないけど、すぐに返事を書いてくれ」 「僕は明日、あそこへ行くんです。うまくいけば数日のうちに、チィの病気を治せるクスリを手に入れることが出来るんだ」  キィンは宿屋の窓から見える、岩だらけの山を指さしました。 「だから返事は待ってください。どちらにしろアガクスリダケを手に入れたら、それを妹の下へ郵送してもらわなくちゃいけないんです」 「自分で持って帰りゃあいいだろう。その方が喜ぶぜ」 「クスリを求めて旅に出て、もう2年も経っているんだ。一分一秒でも早く届けたいんです。故郷までの道のり、僕の足だと何か月掛かるか分からないし」  カシイは窓枠まで歩み寄り、影のように黒黒とした山を抱く仕草をしました。 「んじゃ、俺もいっしょに行かなきゃならねえな」 「わざわざついて来なくっていいって。ひとりの方が気楽だし」 「そうもいかねえんだ、これが。チィちゃんの出したのは往復書簡でな。料金もいただいちまってる。いつ返事を書く気になるか分かんねえから、ついてくよ」  キィンは頭を抱えたくなりました。なんとしても自分ひとりだけで行きたいのです。ひとりでなければならない理由があるのです。ただそれを、ここで口にする訳にはいきません。  彼の葛藤を知る由もないカシイは、「嫌だってんなら、早いとこ返事を書けよ」と言って、口の端をニヤリと笑いの形に変えました。
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