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・認知
行きつけの居酒屋に入ると、友人が「おー」と手をあげた。会うのは半年ぶりだったが、前に比べて少しふっくらしたような印象を受ける。
そこそこ大手の企業で働いていると言っていたが、きっと儲かっているのだろう。
俺はとりあえずビールを注文し、友人に向かい合った。
「おす。すげえ久しぶりだな。でも、元気そうで安心した」
そう言うと、友人は、「……あ?」と、歯切れの悪い返事を返してきた。
俺は思わず眉を寄せてしまった。
「なんだよ、その生返事は。元気じゃねえのかよ?」
俺は運ばれてきたビールを友人のジョッキにぶつけ、口をつける。
友人は、まだ曖昧で微妙な顔をしている。俺は、「おい」とテーブルに肘をついた。
「なんなんだよ、さっきから。……あれか? 俺の背中に悪霊でもついてんのか? 植木鉢でも売る気か?」
「いや、違げえけどよ」
「じゃあ、なんだよ」
「いや、すげえ久しぶりとか言うから、つまんねえボケだなと思って」
「はん。おまえの中では、半年は最近ってか」
「いや、3日だろ」
「は?」
「おいおい、マジで酔ってんのか? 3日前、ここで飲んだばっかりだろ」
ごとん、とジョッキを置く。
3日前? 何言ってんだ、こいつ。
じっと、友人の顔を覗う。友人はげらげら笑いながら、「若年性のボケかあ? おーコワイコワイ」とのんきに言って、煮魚の小骨を箸でつついている。その素振りは、とても冗談を言っているようには見えなかった。
「……おい。詳しく説明しろ」
俺が声を荒げると、友人は「汚ったねえなあ。唾飛ばすなよ」となおも笑った。
じわり、と心臓の辺りが痛くなった。
「本当に、3日前に俺と会ったっていうのか?」
「おいー、しらけるなあ。あんまりしつこいと、さすがに笑えねえぞ」
「そいつ、本当に俺だったか?」
「ぶっひゃ! ドッペルゲンガーネタか? それ話したの、確か1年くらい前だろ? まだ残ってたのかよそのネタ」
「こっちは真剣に話してんだよっっっ!!!」
ガン、とテーブルを叩く。ジョッキの中のビールが、盛大に揺れた。
友人は目を丸くし、やがてその表情がくもる。どうやら俺の様子が普通ではないと、やっと気づいたらしい。
「……なんなんだよ、いったい」友人は露骨に嫌な顔をしながら舌打ちをし、ビールを飲み干した。
かまわず、俺は続けた。
「なあ。その時の俺は、どんな様子だった」
「どうって……普通だよ。いつも通りだろ。強いて言うなら、今日みたいにイラついてなかったぞ。……店員さーん、生おかわりー」
「会う約束は、どっちからしたんだ」
「おまえだろうが。『たまには飲みに行かねえ?』って電話してきたじゃねえか」
「デンワ……そうだよ、電話だよ。スマホ見せてみろよ。おまえの話が本当なら、履歴が残ってるはずだよな」
友人はまた舌打ちして、億劫そうにスマートフォンを操作し、その画面を見せてくる。
視界が、ぐらりと揺れた気がした。
映し出された番号には、見覚えがあったのだ。
「この番号……俺の前の番号じゃねえか」
――今から数年前。俺は例の『壺事件』をきっかけに、落ち込み、絶望して、逃げるように当時の会社を辞め、詐欺師になった。そしてその時、新しい電話を購入し、番号を変えたのだ。
しかし、今この画面に映っているのは――紛れもなく、以前の俺の番号だった。
「……いったい、どうなってんだよ……」
頭の中が、ぐるぐると絡まる。すると友人は、「おまえ、マジでどうしちまったんだよ、今日」と呆れたように言った。
「疲れてんのか? それとも、もうどっかで飲んで来たのか?」
「疲れてねえ。飲んでもねえ。それよりどうして、俺の前の番号がまだ生きてんだよ」
「はあ? 生きてるも何も、おまえずっとこの番号だろ」
「違げえよ! 番号新しくしたって言ったろ!」
「ああ、新しい番号もちゃんと登録してあるよ。おまえ今、2台持ちなんだろ?」
「はあ……!?」
かみ合わない。話が、まったくかみ合わない。
しかし俺の脳裏では、ぞわりぞわりと、現状が組み立てられつつあった。
にわかには信じられない――信じたくもない、ひとつの答えが浮かぶ。
――いる。
俺以外に、『もうひとり、俺がいる』。
そんな、馬鹿らしい答えが。
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