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1.最後の季節
随分、つまらない事を考えた。貴方が私のことを大事にしてないから、私は余計、固執した。随分酷い女だったわね、私は過去を振り返りながら、髪を掻き上げ、そばにいない誰かを見つめて居る。
つまらない音楽、そんなものがもし存在したとしても、わたしには何の価値もなかった。随分捻くれたヤツだった。
華奢な身体と、細い指が、私のトレードマークだった。
電話を掛ける。
ジョン・マークティンが、電話に出て、私に何か必要なものはないか?と尋ねた。
要らないわ、そんなことより貴方の自分の身を案じた方が良いわ、これから先生きていくには、貴方一人じゃ無理よ、絶対他に必要なもの?そんなものはない。貴方には、私だけなの。
マークティンは、頭をぼりぼりと掻き、ただ電話口で黙り込んで居た。男としての面子が壊れたんだろう。何か悪いことしたかな?私は気になって、尋ねたが、マークは、いやいや問題ないと慌てて返した。
ジョンが最後に私にくだらない人生だった、そう私に返したのは当然の返事だった。
それだけ、私は彼を損なったのだから。大切な信じていたモノを私が壊したのだから。彼は心の底で、私の事を恨んでいると想う。
マーク、私を責めて良いのよ?私は悪い女なの。
マークは、穏やかな口調にいつしか変わっていた。
エリ、キミはそんな事をクヨクヨ考えちゃダメだよ。僕ならヘーキだ。そんな事を考えていたの?馬鹿だな、君がそんな事をしたのは、僕がよっぽど好きだったからだろ?
電話口で彼が笑って居るのがわかる。私は、ようやく穏やかになった。
電話はそこで終わった。私は、携帯を閉じ、これからの事を考えた。随分、遠くに来た。新宿のドーナツショップで、私はココアを飲みながら、雨が降り止まない街角の小さな一角に或る全国チェーンのMr.ドーナツを食べている。静かな街だった。いや、今日は雨が、その喧騒を掻き消していた。
店の店員がそばに来たので、注文を追加した。
暖かい紅茶が届き、私はフーとさましながら、続きを考えている。
この街の一角の閑静な住宅街に、随分高価なマンションに暮らしている。何か困ったことがあると、よくこの店に来る。一人になりたいと思う時いつも来ている。
彼氏は海外に暮らしており、今電話していた相手がそうだ。
冴えないアーティスト被れの芸術家として、一度は芸術界を騒がせたオンナだったが、20XX年、当時のクライアントに、性的暴行にあい精神が極度に不安定になり、彼氏と遠距離を私自ら申し出て、彼は当時から、向こうで暮らさないか?と気を遣って居たのだが、私が固執した。
遠い海外に棲むのは、色々とリスクがあった。まだ、私が有名ないっぱしの腕前ではない事、まだまだ、成長の只中にある事。障害手当が付いている事、等考えても海外に行くのは、一見いいように見えるが、それは有名だったらの話だ。私は有名ではない。あれからもう何年も経っている。世間ももうすでに私の事なんか、とっくに忘れている。その中で、私も今はモノづくりをすら、していない。この沈黙期間の間、ずっと私みたいな汚れた人間が、ナニを出来るだろうか、ずっとそんな事を考えていた。
穢れた人間ー…
あの時の事を思い出すと、私は今でも自分が自分じゃなくなる恐怖がある。この世界の意味を、忘れてしまいそうになる。
携帯を取り出して、まだウロ覚えに覚えてた実家の電話番号に掛ける。
10秒程数えた頃、どちら様ですか?とあの頃とは随分陽気な声がして、私は一瞬固まってしまう。
えり、
それだけを言うと、私はすぐに切った。思い出したくない思い出が歪んで浮かんでくる。
呼吸が乱れ、私は暫く頭を抱えていた。様子に気づいた先程の店員が来て、大丈夫ですか?と心配そうに駆け寄って来た。
ありがとう…大丈夫。おかわりもらえるかしら?
気にかけながらも、店員は承った。
私は雨を睨みながら、この誰にも見つからない、冴えなくなった私が今生きられるのは、何でなのだろう…ずっと、それだけがわからずにこの町で生きていた。
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