罪の意識

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――今、どこにいるかな。元気にしてるかな。  彼女がここを出ていったあの日から、もう1年になる。あの別れから、あの人のことを考えなかった日はなかった。  一人分だけ物が減り、途端に寒々しく感じられるようになったこの部屋は、なにを見ても、未だに彼女のことを思い出させる。  味噌汁の鍋に乾燥わかめを放りこみながら、ついでにぱりぱりとつまみ食いしていた。わたしが仕事帰りに買ってきたチーズケーキを、うれしそうにほおばっていた。夜9時を過ぎる頃には眠そうな顔をしていた。仕事がうまくいかなくて、疲れた顔で帰ってきたこともあった。  歩くのが遅かった。ふたりで歩くときは、彼女に合わせてゆっくり歩いた。計算が苦手だった。『全品3割引き』でいくらになるのか悩んでいた。  次第にすれ違うようになってから、どうすればいいだろうかと、そればかり考えていた。  そしてあの日からは、どうすればよかったのだろうか、なにができただろうかと、そればかり考え続けている。  考えたところで、今更どうしようもないことはわかっている。それでも、考えずにはいられない。  後悔している。  好きだと伝えたのは、いつが最後だっただろう。愛していると、言葉にしたことはあっただろうか。  幸せにすることができなかった。そうする自信が、覚悟が持てなかった。その結果、彼女の時間を、いたずらに奪うことになった。それは罪の意識となって、今もわたしを苛み続けている。  ”幸せにする”ということ自体が誤りだったのかもしれない。ふたりで築くものであって、”幸せにする”というのは、傲慢な考え方ではなかったか。それともこれは、罪の意識から逃れようとするための、言い訳に過ぎないだろうか。  彼女も後悔しているだろう。別れることになってしまったことではない。臆病者に付き合って、”若さ”を浪費したことをだ。  今、どこにいるだろう。どうしているだろう。  元気にしているといい。笑っているといい。幸せに、なっているといい。  そうであってほしい。そう願っている。  わたしがその笑顔を、再び目にすることはないとしても。
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