【episode6 - 湿った心】

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【episode6 - 湿った心】

悪いことは続くものである。 花の咲く庭のある家から、カビ臭い小さな部屋に越した後、様々な不幸が我家を襲った。 私の心の支えだった父方の祖父が亡くなり、母が流産したのだ。 そんな環境は、次第に私の心を蝕ばんでいった。 「いやーーーーー!いやだ!行きたくない!」 春から幼稚園に入園した私は、その日も母を困らせていた。 どうしても、集団行動に馴染めず登園拒否を繰り返していたのだ。 もともと、引っ込み思案で家から出るのが苦手であった。 ハルくんの優しい心遣いが私の心を解放し、母がいなくても少しずつ外出ができるようになった矢先のことだったのである。 ハルくんを失った私が、1人で幼稚園に行けるはずなどなかった。 家の門前で泣き叫ぶ。 それでも、どうにか私を(なだ)(すか)して母が幼稚園まで連れて行く。 だけどどうしても園内の雰囲気に馴染めない私は、教室の窓から一緒に通園した母の姿が見えなくなると、お遊戯も工作もほっぽり出して敷地内を彷徨い歩くようになったのだ。 見かねた母は、いつしか雨の日も炎天下の日も幼い弟を乳母車に乗せて園庭で私を監視した。 園の方針で、教室には入ることができなかったのである。 雪が降った翌日には、弟が肺炎になった。 だが、それでも母は私を幼稚園に通わせようとした。 そう。母にとっては、自分の娘が幼稚園に通えないなんてことがあってはならなかったのである。 私は、「普通」であることを求められ続けていたのだ。 だが、心の支えになっていたハルくんがいなくなった私が普通でいられるわけがない。 一度は卒業したオネショは再開し、以前にも増して外出することを極度に嫌がるようになったのである。 家に閉じこもりがちになった私の心には、部屋に広がる湿度のように重苦しい色が広がっていた。
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