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約束の時間になっても、松葉が来ない。駅前のベンチに座り、
なにかあったんだろうかと心配しだしたときにケータイが鳴った。
「もしもし?」
『もしもし小海?ごめん、遅刻して。』
「どうしたの?なんかあったの?」
普段なら約束した時間よりも早く来てることが多い小海にしては珍しい。
『実はさ、電車乗り間違えちゃったみたいで。
なんか全然知らない駅に来ちゃったみたいで。』
「え?乗り間違い?小海のとこの駅からここまで
同じ路線で乗り換えなしで一本じゃなかった?」
『そのはずなんだけど、全然見たことない駅に来てて、
えっと、なんとかラギ駅って書いてた。』
小海の言葉を聞いて悪寒が走った。
知っている。キサラギ駅だ。ネットで有名な怪談話だ。
いや、でもまさか。
小海の冗談だろう。でも小海はそんな冗談を言うタイプじゃない。
だとすると……。
『あ、看板あった。カツラギ駅だ。』
「キサラギ駅じゃないじゃん!」
思わず声が大きくなった。
『え、キサラギ駅ってなに?』
「あ、ごめん。ちょっと勘違いしてた。」
危ない。松葉は怖い話や怪談なんかが大嫌いな子だ。
キサラギ駅の話を説明したら、パニックになって
線路の上を走って行きかねない。
もちろんそんなオカルトめいたことが起こってるとは思わないけど、
松葉に言うとパニックを起こす。ここは慎重に言葉を選ばないとダメだ。
「それで電車はそこで止まっちゃったの?」
『うん。なんかこの駅止まりらしくて。ごめん、もう少し遅れそう。』
「ううん。それは全然大丈夫。それよりさ、その駅って他にどんな感じ?」
『それがなんかさ、暗いの。今お昼前だよね?
なんか駅全体が暗いんだよ。』
「えっ。」
小海の言葉に再び背筋が寒くなった。そんなことがあるだろうか。
そんな不可解なこと、オカルト的な解釈をしないと起こるとは思えない。
冗談だろうと言いたかったけど、さっきの小海の言い方に
そんなニュアンスは感じられなかった。
『あ、ごめん。サングラスかけたままだった。』
「お前のお洒落のせいですごい心配した!なんだそれ!」
また大きな声を出してしまった。
『ごめんごめん、サングラス外したら普通に明るかった。いい天気だね。』
「なんでずっとかけてたのに気づかないんだよ。」
『いやずっとじゃないんだよ。家から出るときはつけてなくてさ、
電車に乗ってからつけたから。』
「なんで?」
『だってずっとサングラスしてると眠たくなってくるじゃん。』
「ならないよ!どんだけすぐ寝る子なんだよ!」
『いやー、お洒落のためとはいえ辛いわー。』
「いいよそこまで頑張ってお洒落しなくて。で、駅の感じはどうなの?」
『うーん、人は少ないけど別に普通。
あ、 コーヒーショップあるからコーヒー買おうっと。』
「のんびりしてないで早く来てよ。」
「……もしもし?」
『……うそ、どうしよう……。』
「もしもし?もしもし、小海!?」
『次の電車30分後だって……。』
「いやこの辺は大体そうよ!?通勤通学の時間帯以外はそんなもんよ!?」
『いやそれにしても本数少なくない?』
「てめえ都会から来てるからってウチの地元バカにしてんのか?」
『いやそんなことないですよ。空気美味しいし星空綺麗ですよ?』
「お前あとでシバく。」
『でもどうしよう?流石に30分時間潰して待つのもなー。』
「別にこっちはどっかで時間潰すけど?
映画も次の時間にすればいいだけじゃん。」
『あ、ちょっと待って。タクシー乗れるか探してみる。』
「いや無理だと思うよ?観光地でもないのに
この辺の駅前にタクシーなんていないと思うよ?」
私の言葉に返事はない。耳に入る雑音から、
小海がケータイを持って移動しているのだろうと予想できた。
通話状態のまま待つこと数分後、やっと小海の声が聞こえた。
『ごめん、タクシー乗れた。』
「乗れた?よかった。でもいいの?タクシー代大丈夫?」
『それくらいは大丈夫だよ。あのまま待つだけってのもしんどいし。』
「まあ小海がそれでいいならいいけど。」
『あれ?』
「どうしたの?」
『いや、なんか太鼓の音が聞こえてきてさ。』
「え?」
『だから太鼓の音。外から聞こえてて。
なんかお祭りとかやってるのかな?』
また不安がよぎる。大丈夫。昼間で明るいし、
小海はタクシーに乗れたんだから。
でも、似てる。キサラギ駅に迷い込んだって人も、駅から出て、
車に乗せてもらって、外から太鼓の音が聞こえてきてたって書き込んでた。
そして、そのあと音信不通になったんだ。
「小海、タクシーってどこのタクシー?」
『個人タクシーさんだけど。でも最近は変わった車のタクシーあるんだね。
なんか見たことない、古い車だけど。』
小海の言葉に、ますます不安が大きくなる。
「小海、小海、運転手さんその駅の場所どこだって?」
『わかんないみたいでさ、でも松葉のいる駅の名前言ったら
行けるって言ってたから。』
「小海、その運転手さん、大丈夫なの?」
『あ、また太鼓の音が聞こえてきた、ほら。』
小海が言うと、何か聞こえてきた。
多分、ケータイを離して窓の外に向けたんだろう。
車の走る音に混じって、何か音が聞こえてきた。
ドンドンドンドンドン…
ドンドンドンドンドン…
ドンドンドン、タタッドン、ピッピッピッ、ピッピッピピー
「めちゃくちゃサンバじゃねーか!」
『サンバだよ?』
「さっき太鼓の音でお祭りって言ってただろうが!」
『太鼓でお祭りじゃん。間違ってないじゃん。』
「その言い方だと和太鼓と日本のお祭りイメージするだろ!」
『そんなこと言われても。』
「サンバならサンバって言えや!」
『いやでもサンバなんてそんな珍しくないし。』
「充分珍しいよ。急にお目にかかれるもんじゃねーよ。」
『あ、なんか公園にスゴイサンバ隊みたいな人達が集まってる。』
「公園でやってんのかサンバを!あんな派手な格好で公園に集まるな!」
『いや、全員ジャージだよ!』
「ジャージなのかよ!練習中かよ!
サンバ隊って言われたらキラキラの服想像するわ!」
『松葉一回落ち着けって。』
「お前がさっきからややこしい言い方してるからだよ!」
『あ、ちょっと待ってね。はい…。』
小海のその言葉を最後に、突然電話が切れた。
「え?」
突然のことに、呆気にとられた。
「もしもし?もしもし小海?」
それから何度も電話を掛け直したが、
電波が届かない場所らしく、繋がらない。
「小海……。」
再び不安が襲ってきた。そうだ、キサラギ駅に迷い込んだって人も、
車に乗ったのを最後に連絡が途絶えたんだ。
もし小海も同じようになったら…。
落ち着かずベンチから立ち上がり、駅へと向かおうとすると、
駅前のロータリーに車が入ってきた。
ロータリーに入ってきた真っ赤なクラシックカーは、
私のすぐそばで停まった。
その車から小海が降りてきた。
「松葉ー、おまたせー。」
「なんでクラシックカーで来てんだよ!」
「さっき言ったじゃん。なんか古い車のタクシーに乗ったって。」
「こういう方向のちゃんと古い車だと思わなかったよ!」
「スカイラインって言うんだって。」
「どうでもいいよ!」
「お客さん、すいません。」
スカイライン?から運転手さんが降りてきた。
「この駅に行きたいんですけど、どう行けばいいんですかね?」
そう言って運転手さんは自分のケータイを小海に見せていた。
「なんでタクシーの運転手なのに道がわかんないんですか?」
「いやそれが記憶力が悪いのか、行けと言われた場所の
道順はわかるんですけど、その後どうやって戻るとかが
よくわかんないんですよね。」
「どういうこと?」
「すいません。」
「新しい形の方向オンチなんじゃない?まあいいじゃん。」
小海がそう言ったし、私も運転手さんにそれ以上興味はなかったし
その場はそれで終わった。
その後、小海に聞いてもカツラギ駅ってのがどこにあったのか
わからないと言われた。
ネットで調べても、駅の路線図を見てもわからず、
どうやって行ったのか、果たして実在するのか、
もしかして大掛かりな小海のいたずらドッキリなんじゃないかと
思っているが、今となってはちょっともやもやする、
不思議だった話ということで思い出の一つになっている。
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