前編

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前編

「今どこにいるんだ?もう遅いからそろそろ帰ってきなさい」  学校からの帰りが遅い一人娘に私はスマホからメッセージを送った。 しばらくすると、返信が届いたことを知らせる着信音が鳴った。 「今日は友達の家に泊まることになったんだ。急で悪いけど“お母さん”にもそう伝えといてもらえる?」 私は画面に表示されるその文面を見て、戦慄した。震える手でどうにか返信のメッセージを送る。 「おいおい、いったい何があったんだ?今日は授業と部活が終わったら、特に予定も入ってなかったはずだろう?」 緊張しながら待っていると、しばらくして再び娘から返信がきた。 「前に話したでしょう?同じ部活の“西川さん”。夕飯に呼んでもらってね。せっかくだし、このまま泊まっていけばって言ってくれたんだ。だから“夕飯はいらない”からね」  私はそのメッセージを見たとき、眩暈がした。なぜ?うちの娘に限って・・・ なんとか冷静さを保とうとして、深呼吸を何度もした。 しばらく考えた後、震える指でなんとか返信をする。手に汗が滲み、スマホの反応が悪い。 「“色々”と学校も忙しい時期なんだから、あまり遊びすぎてはいけないよ。中間試験も近いんだし、部活では代表選手にも選ばれたんだろう?」 とメッセージを送った。 私は気が気でなかった。今すぐにでも家を飛び出して行きたい気持ちだ。それをどうにか抑え込み、やきもきしながら返信を待った。  スマホが鳴った。すぐにメッセージを確認する。 「大丈夫。本番当日に“赤っ恥”をかかないように、練習は毎日欠かさずやってるから。 それに勉強の方も心配ないよ。テスト勉強だってしっかりやってる。運動ばかりして、勉強の方がダメダメじゃ、みんなから“白い目”で見られちゃうからね」 娘からのメッセージを読みながらも、私はどうにか平静を保とうと努力した。 ここで私がパニックを起こしてしまっては話にならない。 まずは落ち着いてメッセージを送ることに集中しなければ。 「勉強も部活も頑張ってるのは大変結構。継続は力なり、だからね。 前に“徳川家康”の話をしただろう、覚えてるかい?」  もはや私は全身汗だくになっていた。それでもミスタッチなど決してしないように画面を慎重にタッチしてメッセージを送った。  返信を待つ時間がとても長く感じられた。一分が一時間に感じる。シャツの裾で手汗を何度も拭いながら返信を待った。  スマホがメッセージを受信するや否や私はかじりつく様に画面を見た。 「あー、あれね。人の一生は重き荷を負うて遠き道を~ってやつでしょ。でもあの言葉ってなんか説教臭いよね。だって家康も重い荷物を背負ってずっと歩いてたら“途中で”休むことぐらいあったでしょ。 だから今日の私のお泊りも遠き道を行く途中の気休めってことで一つヨロシクね! ちょうど西川さんと次の大会に向けて“2、3”話し合っておきたいこともあったしね。 だからお父さんも心配しないで、たまにはゆっくり“お母さんと夫婦水入らず”の時間を楽しんでね」 娘のその返信を見て、私は座っていた椅子から跳ねるように立ち上がった。勢いよく立ち上がったものだから椅子が後ろに吹き飛んだが、そんなこと気にしていられない。 「分かった、そうするよ」 と娘に返信すると、私はすぐさま警察に通報した。
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