後編

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後編

 あれから数日が経った。今、私の目の前には刑事がいる。刑事はメモを取りながら私に質問をしている。 「それで最初に気付いたのはいつですか?娘さんが誘拐されたということに」 刑事がそう尋ねると、私は大きく息を吸って話し始めた。 「あの日、娘からの最初のメッセージを読んだ時です。『お母さん』にもそう伝えといて、これで気付きました」 「このメッセージで・・・ですか。特に誘拐を匂わせるようなものではありませんが」 刑事が不思議そうに尋ねてきたので、私ははっきりと答えた。 「私の妻は亡くなっています。娘が小さい時に。それに再婚もしていません」 そう言うと、刑事は驚いて 「つまり・・・この『お母さん』というのは・・・」 「娘からのメッセージです。意味は“SOS”」 私がそう言うと、刑事は 「なるほど、暗号だったんですか・・・!もしかして、それ以外にも?」 刑事が乗り出すように聞いてきたので、私は静かに頷いた。 「はい、娘と前に話したんです。もし誘拐されたりした際に犯人にバレないようにメッセージを送るため、私達親子でしか分からない秘密の暗号を作ってみようという話を」 刑事はさらに続けて 「『お母さん』は“SOS”ですよね。他には?」 「『夕飯はいらない』は“誘拐された”という暗号です。 そして『西川さん』というのは方角を示しています。誘拐された場所からどの方角に連れ去られたか、この場合は“西”です」 私は一息置くと、さらに続けて 「次に私の方から『色々』とメッセージを送りました。これは“監禁されてる建物の色は?”という意味です。娘からは『赤っ恥』『白い目』というメッセージが返ってきました。 これは“赤い屋根”と“白い壁の家”という意味です」 刑事がこちらの話を聞き入っているのが分かる。私は落ち着きながら続けた。 「『徳川家康』は、“どこで誘拐されたのか?”という意味です。娘からの返信は『途中で』でした。 これは“学校からの帰宅途中で”という意味です。 続けて『2、3』という数字が書かれていました。これは“距離、キロ数”を示しています。 つまり娘は学校からの帰宅途中で誘拐され、そこから西へ2、3キロ連れていかれた。監禁場所の建物は赤い屋根に白い壁の家、ということになります」 私はそこで再び一呼吸置き、続きを話し出した。 「娘からの最後の暗号は『お母さんと夫婦水入らず』、でした。 これは、“時間がない、急いでくれ”というメッセージです。 だからすぐに警察に通報しました」  私の話が終わった後も、刑事はしばらくメモを取っていたが、それが終わると口を開いた。 「なるほど、そういうことでしたか。誘拐の通報を受けた後、あなたから聞いた娘さんの監禁場所が妙に具体的だったもので、最初は正直、半信半疑でしたよ。しかし、条件に合う家がすぐに見つかったのが幸運でした」 刑事はメモ帳を何枚かめくると、それを見ながら話を続けた。 「逮捕された犯人は、連続未成年誘拐殺人犯です。その手口というのが被害者を誘拐した後、数時間~数日間監禁して、殺害するというものです。 しかも誘拐した後、あえて家族に連絡をさせて、捜索を遅らせようとしていました。 もちろん送るメッセージの内容は確認していたようですが。 余罪もこれからもっと出てくるでしょう。娘さんも発見が遅れたら危険でした」 それを聞くと私は改めて身震いした。 「娘さんはどうでしょうか?大丈夫ですか?」 刑事が心配そうに尋ねてきた。 「ケガもなく、暴行もされていませんでした。本当に発見が早くて良かった・・・。 不幸中の幸いと言えるのかもしれませんが・・・他の被害者の方のことを思うと、やはり心が痛みます。 娘はもう学校にも通っています。とりあえずは元気そうです」 私がそう答えると、刑事は 「良かった。それはなによりですね。 それにしても賢い娘さんですね。暗号を使って自分が監禁されている場所を冷静に伝えるなんて」 と感心するように言った。 「以前、一緒にミステリードラマを見ていた時に主人公が暗号を解くシーンがあったんです。 それで私達も暗号を何か作ってみよう、ということになって。半分遊びのつもりだったんですが、 まさか本当に使うことになるとは思いませんでした」 私は驚きと安堵感が入り混じった何とも言えない感情だった。 刑事は本当に感心したようでしきりに頷きながら 「いやぁ、本当に肝が据わっていますよ。自分を誘拐した犯人が目の前にいるだけでも恐怖で身動きとれなくなってもおかしくない。それなのに犯人にバレないように何気ない日常の文章の中にSOSのメッセージを上手くまぎれこませ、父親に送ったわけですから。 賢い頭脳と太い肝っ玉がなければとてもできません。娘さんにはそれが備わってらっしゃるようだ」 刑事の話を聞きながら、私は亡き妻を思い浮かべた。 「母親に似たんでしょうね。とても賢くて強い女性でしたから」  もしかしたら彼女が守ってくれたのかもしれないな。 そう考えると、目頭が熱くなり、少し視界がぼやけるのを感じた。
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