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「あ、ああ、済みません。それでは凛子ちゃん、お話のあいだお預かりしますね」
陽向は気を取り直しもう一歩前へ進んで、東園を見上げた。陽向は背が低い訳ではない、と思うのだが同級生を見上げるというのはなんとなくつらい気分だ。
「三田村陽向、先生。思い出してくれないのか。残念だな」
聞き心地のよいバリトンボイスはがっかりしたと言わんばかりに語尾を弱めた。東園はじっと陽向を見下ろしたまま、大げさに眉をハの字に寄せた。そしてため息を一つ零す。感じ悪い事このうえなかった。
「お、覚えてるよ。東園馨だろ。名前聞いてそうかもって思ったけど、違ってたら恥ずかしいし、だから言わなかっただけで」
「そうか」
目元を緩めた東園は「遊んでもらっておいで」と凛子に話しかけゆっくりと廊下へ下ろした。
我が子に優しく話しかける東園を見て意外に感じる。中学生当時しか知らないのだから意外もなにもないけれど。
「あら、お知り合いなんて! もしかして三田村先生から聞かれていらっしゃったのかしら?」
「いえ、偶然です。なあ?」
同意を求められ頷く。
「凛子ちゃん、教室でお絵かきか、絵本読もうか」
凛子は東園のスラックスを握ったまま、小さく頷いた。凛子の空いた手をそっと取ったがやはり少し熱い気がする。
「東園、凛子ちゃん、風邪引いてないかな? ちょっと熱くないかな?」
「今朝は鼻が出ていたけれど、熱はなかったんだが」
東園は屈むと凛子の額にそっと手を当てた。東園の横に流した髪がすっと落ちてくる。二人で凛子をのぞき込んでいるから距離が近く、東園の匂いが否応なく流れ込んでくる。
相変わらず香水がきつい。子供と一緒なのに、嫌がられないのかなと思いながら凛子の額を覆う手を眺めた。指が長い、骨張った男性らしい手だ。優しく触れる感じから凛子に対する愛情が感じ取れる。
「熱、ありそう?」
「ああ、ちょっと熱いな」
「あら、体温計持ってきましょうか?」
屈んで心配そうに様子を見ていた久保に東園はうなずいた。
「それより職員室へ行きましょう。ここは寒いかも」
陽向の言葉に東園は凛子を抱え、一行は職員室へ向かった。
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