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陽向ははっと凛子はどこに行ったかと辺りを見回す。
陽向の見えるところにはいない。背筋が冷たくなる、まさか車道に出てしまったのでは。
陽向が見える範囲に事故が起こった様子はなく、カブトムシが邪魔で見えないところを確認するため陽向が回り込もうと走り出すと「ひーたん」と階段途中で手を振る凛子が笑っている。
「りんちゃーん」
ほおっと大きく息をつき、そして手を振った。
無邪気に手を振り返す凛子に笑いかけながら階段の真下へやってきた。
子ども一人が大きくなるのはどれだけの人の目が必要なんだろう、と思いながら今度は階段から落ちないように「りんちゃん、手すりしっかり持ってね」と声を掛ける。
背後から年上の子供達が階段を登り始めたが、狭い階段で凛子を抜こうとはせず、背についた。
えっちらおっちら進む凛子が頂上へ到着すると、広さのあるそこで凛子は手すりから下を眺め陽向に手を振り、後ろについていた子供達は凛子の脇を通り過ぎ向こう側の滑り台に消えて行った。
普通の滑り台とは違い、複数人で滑ることが出来る滑り台の幅広さもこの遊具の魅力の一つだろう。
子供達がはしゃぎながら滑る声に引かれるように、凛子の顔が滑り台へ向いた。
ありゃ、もう滑るのか。
さて今度は滑り台のほうへ移動しなくては。
振り返ると陽向がさっき通った砂場には三名の幼児がスコップで穴掘りを初めていて、三人の母親、父親が背後で見ている。
陽向は邪魔をしないようにいったん砂場を出て滑り台の着地点へ行くことにした。
カブトムシの周りを歩いていると凛子の後ろ姿が見えた。
もう滑り降りていたらしい。
走り出そうとしたとき、凛子が誰かに話しかけられていることに気がついた。
背の高い、女性だ。顔は良く見えないが、艶のある肩を覆う髪が綺麗だ。あまり公園では見かけない柔らかそうなベージュのコートにピンクのパンプス。
ここにいる、誰かのお母さんなのかな。
陽向が駆け寄ろうとしたとき、その女性が凛子を抱え走り始めた。
「え、」
脳が事態を把握出来ず一瞬、動きが止まる。女性が抱えた凛子と目が合った瞬間、陽向は弾かれるように走り始めた。
「待ってっ、りんちゃん!りんちゃん! そのひと、とめてっ」
連れていかれてしまう。
最後は絶叫になっていた。
凛子を抱えた女性は陽向の声を背に浴びながらも公園に横付けされた黒いセダン車へ向かって走る。
凛子は「ひーたっ」と叫んだあと火が付いたように泣き出した。
凛子の泣き声にも躊躇することなく、女性はセダン車の後部座席に飛び込む。
近づいて分かったが、運転席に男性がいる。
計画的、という言葉が過る。
血の気がざっと引き、陽向はまた「りんちゃんっ、返して」と叫んだ。
逃げ込んだ女性を追って陽向も後部座席のドアハンドルに手をかけるが、その瞬間エンジンが唸りをあげ、走り出した。
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