3293人が本棚に入れています
本棚に追加
傘も差さずに陽向の前まで来た智紀は陽向の顔を覗き込む。
「もう、泣かないで。まずはお風呂だね」
「ああ」
また肩を優しく押される。足を踏み出すと同時に陽向は眩暈を覚え、崩れ落ちた。
「陽向っ。ごめん母さん、傘もって」
「……ぐらってきただけ。大丈夫」
「三田村君っ」
傘を智紀に渡した東園はしゃがみ込んだ陽向を横抱きに抱え上げ足早に家に向かった。
その揺れで陽向は気持ちが悪くなり細切れに息を継ぐ。
雨に濡れた陽向を抱えるなんて、スーツが汚れてしまうのにと思う。
すぐそこが東園邸だから一瞬休めばまた歩けた。優しい男だから、放っておけなかったのだろうか。
家に運び込まれた陽向は、智紀から風呂に入るよう指示され、まず入浴することになった。
早く上がって智紀の話を聞きたいと思っているのに、一度湯船に浸かると凛子が攫われた場面が頭に浮かび陽向はしばし放心していた。
「ひーなた、のぼせてんじゃないか」
「あ、ああ、ごめんもう上がる」
扉をノックされ、はっとする。
智紀達が待っているのに。陽向は慌てて身体を流し、バスルームのドアを開いた。
そこには東園がバスタオルを広げて待っていた。
「じ、自分で出来るよ」
「何言っているんだ、俺が声をかけるまで、ぼーっとしてただろ? 着替えまで見ておくからな。風邪引くだろ」
眉を寄せた東園が強引に陽向の髪を身体を拭き、手早くパジャマを着せる。手際がいいなと思いながらぼうっと東園を見上げる。
「話が終わったらなにか腹に入れような」
大きな手で頬を撫でられながら、そういえば、夕食は取っていないなと思う。
とても食べられる心境ではないので首を振ると東園はそうか、と呟いて陽向の手を引いた。
「あ、三田村くん、温まったかな?」
「はい、ありがとうございます」
「良かった。さあ、お腹すいたでしょ、ご飯食べよう」
キッチンにいた智紀はリビングに入ってきた陽向においでと手招きした。
「ありがとうございます。でも、……食欲なくて」
「そうか。じゃあちょっとでもいいからお腹に入れよう。でも三浦さんのあれなら、絶対食べちゃうから」
智紀が三浦に顔を向けると、三浦はゆっくりと頷いた。
ダイニングテーブルに着いた陽向に三浦が出したのは小さなカップに入ったオニオングラタンスープだった。
最初のコメントを投稿しよう!