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「当分ここで子育てするつもりだから、もしかしたら陽向君にもお手伝いしてもらうことがあるかも。その時はお願いできるかな?」
「もちろんです。僕に出来ることならなんでも協力します」
随分先でしゃがみ込んでいる凛子に向かって歩きながら陽向は大きく頷く。
凛子の父親とはどうなったのだろうかと思ったが陽向は口を開かなかった。絢子は大丈夫といったが、心は見ることが出来ない。穏やかな環境で、今、絢子は娘と暮らせるところまできた。心の平穏はゆっくりと築かれるべきだ。
「ありがとう。陽向君は本当に優しいのね、それに可愛らしい。さすが私から三年弟を取り上げただけはあるわ」
「え?」
いたずらっぽく笑った絢子の髪にぽつぽつと雨が当たった。
陽向の顔にも雨粒が落ちてきた。
「凛子、おうちに入ろう。雨が降ってきたから」
絢子の呼び掛けに気付いた凛子が向こうから駆けてくる。
見上げると厚い雲が上空を覆っていた。
「りんちゃんごめんね。いってきます」
「ひーたん、ばいばい」
「気をつけてね。陽向君」
「ありがとうございます。りんちゃん、また遊ぼうね」
東園本宅へ伺ってから一週間ほど経った今朝、 絢子から陽向に連絡があった。
なんでも今日は土曜日に参観があった振り替えでお休みとのこと、幼稚園だと思っていた凛子はひとしきり落ち込んだあと、急にひーたんと遊びたいと駄々をこね始めたらしい。
あいにく陽向は午後から健診が入っているが、三浦と庭に花が増えたから凛子に見せたいねと話していたので受診の話をした上で遊びに誘ったのだ。
絢子と凛子を迎え、午前中はめいいっぱい遊んだ。
そのままにしていた凛子の部屋を絢子に紹介したり、庭に出て花と蝶、アブラムシを食べに来たてんとう虫を観察したりと動き回り、お昼は三浦手作りのハンバーガーをみんなで食べた。
絢子と二人で話す時間があったら、この間言っていた「弟を取り上げた」とはどういう事か、陽向は聞こうと思っていた。
しかし、常に凛子がひーたんひーたんと呼んでくれるので、二人で話せる時間は結局、持てなかった。
凛子がここを離れ、それでも三浦がいてくれたから寂しく感じる事もなかった陽向だが、こうして凛子を迎えると、同じ家とは思えないほど笑いが絶えず家全体が明るくなったように感じる。
そうこうしているうちに、陽向は受診の為に家を出る時間になってしまった。名残惜しかったが予定変更が難しい病院に通っているので仕方がない。
病院までは三浦が送迎の予定だったが、急遽陽向はタクシーで向かうことになった。公共交通機関で十分行けるのだが、東園が心配するからタクシーにしてほしいと三浦が言うので渋々従うことにした。
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