3293人が本棚に入れています
本棚に追加
つい僕は、と強調してしまった陽向の心情に気がついたのかと思う。
嫌味っぽかったかなと思いつつ「いや、いい、言わない」肩をすくめる。
赤ちゃんのこともあるから、冷静に話し合わなきゃいけない。
ちらっと隣を見るとさっきまで膝に肘を突いて顔を覆っていた東園が身体ごとこちらを向いていた。
「今、俺が好きって言ったの、聞き違いじゃないよな」
「うん」
複数の有名人と浮名を流した恋愛の達人とおぼしき東園ならとっくに分かっているだろうと思ったのに、そうではなかったらしい。
陽向が頷くと同時に東園は陽向を強く抱き寄せた。
「嘘じゃないよな」
「うん」
どんどん拘束が強くなって苦しい。強いよ、というと東園は腕を緩め、立ち上がった。
急にどうしたのだろうと思いながらドア近くのデスクへ向かった東園の背中を眺める。
引き出しを開けてなにかしているので陽向は腹に右手を当て異変はないかなと目を閉じて集中する。痛みはない、他に違和感はないか。ふと左手に触感がして陽向は目を開いた。
目の前に跪いた東園がいて、陽向の右手を見て「腹が痛いのか?」と聞いた。
陽向が首を横に振ると東園は小さく頷いて、陽向の左手を持ち上げた。
え、と思う。東園は廊下の明かりを受け光るリングを左手の薬指にするりと嵌めた。
「結婚して欲しい」
どうして急に、と思う。結婚って人生において大きな出来事じゃないのか。陽向が気がつかなかっただけでなにか東園に変化が起きたのか。
陽向には身籠もるという衝撃的出来事が起きたけれど、陽向自身も知ったのは本日の事だ。東園が知るわけもない。
もしかしたら、自分たちじゃなく、東園が交際しているかもしれない人とのなにかがあったのかもな、思いながら陽向はそっと薬指の付け根にはまったリングに触れた。
「ちょ、ちょっと待って。見てる前で外されるとさすがに辛い」
陽向は大きく息をついてそっとそれを外した。
「陽向」
落胆と怒りが混じった声が陽向の行動を非難しているように聞こえる。
手のひらに載せたリングは傷一つなく艶やかだ。
「馨のいう結婚ってどういうものなの?」
「どういうって、……結婚は結婚。家族になることだろ」
「でも、馨って、雑誌に書いてあったけど女優さんと付き合ってる、んだよね?」
最初のコメントを投稿しよう!