運命のつがいと初恋 ①

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「ねこちゃ」 「ん、ねこちゃんね、はい」  着替えの時に手離した猫のぬいぐるみが恋しかったのか。床に置いていた猫のぬいぐるみを凛子に戻すとぎゅっと抱きしめ目を閉じた。 「寝たらきっと良くなるよ。凛子ちゃんお水飲む?」  こくりと頷く。見たところ二から三歳位、コップは使えるだろう。 「東園、凛子ちゃんにスポーツドリンク飲ませて大丈夫? 水の方がいい?」 「冷蔵庫の中に水が入っているからそっちにしてくれるか」 「コップはなんでも使っていいの?」 「ああ、頼む」  東園の声とともにばさっと布団を敷いているような音も聞こえる。  作り付けなのだろう、フローリングと同じ色調の食器棚を見ると凛子の物であろう薄紫のプラスチックコップがあり、それに水を半分ほど注ぎ陽向は凛子の元へ戻った。 「凛子ちゃんお水飲もうか」  頷くけれど身体が動かない。陽向はコップをガラスのテーブルに置いて凛子の身体をそっと起こし自分に寄りかからせた。ちょうど東園が戻り陽向にコップを渡してきた。気が利くじゃんと思いながら凛子の唇にコップをあてゆっくりと傾ける。二口飲んだところで凛子は首を振った。 「凛子、布団に行こうな」  少しだけれど水分が取れて良かった。  東園は凛子を抱き上げ和室に運んだ。真新しいシーツの上に凛子を寝かせると東園は足下に寄せていた掛け布団をそろりと凛子に掛けた。 「あ、冷却シート買ってきたけど使い掛けとかあるかな?」 「いやないよ。ありがとう」 「貼っても大丈夫かな」  東園が頷くのでパウチからシートを取り出し渡した。初めてシートを張ったのかもしれない、凛子は嫌がり首を振っていたが段々と落ち着いて寝息をたて始めた。  そっと戸袋から襖を引き出し半分を閉めた東園に付いて陽向もリビングへ移動した。 「三田村飯食った?」 「軽く。お腹減った? 何か買ってこようか?」  いつ凛子が起きるかわからない。父親が家にいないと不安になるだろう。座ってくれとダイニングテーブルのイスを引かれ、陽向は素直に座ることにする。  目の前に座った東園はふっと息を付いた。後ろに流していた髪が落ちて額にかかっている。肩幅がしっかりある人間は薄手のセーターが似合うもんなんだなと思う。以前東園が着ているような薄いセーターを試着したことがあったけど、陽向には似合わなかった。同じ男としてはあまり見ていて面白いものじゃない。陽向だってなにか一つくらい勝てるところがあるはず、と思うけれどなに一つ出てこない。さすがαだ、そう思っておこう。 「いや、三田村ここ付近知らないだろう。出前を取ろう」  中華でもいいかと問われ頷く。  東園はスマホを操作しながらキッチン内のカフェにありそうなコーヒーメーカーをセットしている。 「そういえば、凛子ちゃん薬飲んだの?」 「いやまだ。小児科があんなに混むものとは思わなかった」  参ったと首を擦る東園の背を見ながら、今までは東園のご両親が病院へ連れていっていたんだろうなと思う。一緒に育てていた両親が日本にいないとなれば、東園もだが凛子も不安だろう。ふわりとコーヒーの香ばしい香りが漂い東園が振り返った。 「凛子ちゃん、起きたらおかゆ食べさせて薬だね」 「そうだな、どうぞ」  コーヒーカップを差し出され受けとる。 「ありがとう」  あ、ブラックコーヒーだ。  陽向はコーヒーをあまり飲まないし飲むときはたっぷりのミルクに蜂蜜を混ぜる。しかしせっかく淹れて貰ったので飲まないわけにはいかない。少しだけのつもりで口を付けたのだが、思ったより苦くない。飲めなくもないな、と思いながらカップのコーヒーに目を落とす。色もちょっと薄い気がする。 「コーヒー苦手なら紅茶もあるよ、先に聞けば良かったな」  首を振ってもう一度口をつけた。うん、美味しいかもしれない。 「あ、いや、別にいいよ。美味しい」 「よかった」
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