運命のつがいと初恋 ①

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 目を細めた東園はふと真顔になり「こっちは長いのか?」と聞いてきた。 「こっち? ああ、大学からだよ」 「そうなのか。まさか幼稚園の先生になってるとは思わなかったよ」  東園は手元に目を落とした。意外と睫毛が長いことを知った。 「自分でもびっくりだよ。子供が可愛いなんて思ったことなかったから」 「どうして幼児教育を?」 「家族の勧めだよ。でも今は良かったって思ってるよ、子供可愛いもん。東園はお偉いさん、みたいだね」  東園はえっと目を見開き、そんなことないと首を振った。 「親の会社に入っただけだ。それなりのポジションを与えてもらったから見合う働きをしようと必死だけど実際まだまだだよ」  秘書が付くそれなりのポジションって何かなと思う。一般的な役職を思い浮かべながら陽向はコーヒーカップを持ち直して飲んだ。 「三田村はいい先生なんだろうな。凛子、引っ込み思案というか知らない大人を怖がったりするんだが、昼間もし熱がなかったならすんなり遊べそうだったから」 「いいかどうかは分からないけど」  自分はいい先生だったのかなと振り返ってみる。日々の生活で子供達の色々な反応に納得、驚き、癒される事もあった。  子供達に取ってどうだったのかは分からないが、自分は楽しかった。Ωでなければまだ務めていられた、かもしれない。考えないようにしていても、ふとそうだったらなと思ってしまう。 「どうかしたか?」  いつの間にか俯いていたようで、視界にコーヒーカップを包んだ自分の手があった。急いで顔を上げ、笑って見せる。 「なんでもない。凛子ちゃんの幼稚園を探しているんだよね。うちの園だとちょっと遠くない?」 「通勤途中に行ける範囲ではあるんだが」  東園がついと眉間に皺を寄せた。 「ちなみに迎えが大体午後3時前後だけど、迎えに来られるの? 今はお預かりもあるけど、それでも最終が午後6時だよ」 「そうか」  東園はうぅんと唸った。  さまざまな事情から迎えに来られなくなり、急遽お預かりになる事もよくある。  陽向は会社勤めをしたことがないけれど、保護者と話すなかで仕事を持つ親の苦労を何度となく聞いた。 「三田村がいる園なら安心なんだがな」  そんな風に言ってもらえるほど親しくなかったよね、と突っ込みそうになるがグッとこらえる。子供を通わせる園に同級生がいたら、顔を知ってるだけでも安心に思えるものかもしれない。 「あ、実は今日で退職したからいないよ。なんか、ごめんね」 「え、そうか、……いや、こちらこそすまない」  東園はそうかとまた呟いてコーヒーを飲みはじめた。  理由を聞かれたくない陽向は東園が黙ったのでほっとした。自分の性が少なからず退職に関わっているので、αの東園に説明したくなかった。  αに関わらず、他人に自分の性がΩだとアピールするのは身を危険にさらす行為だ。  まあ、そもそも東園は陽向がΩだと知っているようだし、平凡な陽向ではΩであっても気にもならないだろう。  それでも改めて自分がΩで、嫌がらせを受けて退職するんだ、なんてこと話したくない。
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