運命のつがいと初恋 ①

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 恐ろしく甘く、ねっとりとした重量感のある香りが鼻から身体中に染み込をんでゆく。   思わず身体を引いた陽向を、東園は前のめりになって追いかけてくる。 「分かった。こっちこそごめん。許したから離れて」  東園の胸を押して陽向は立ち上がった。  カーテンの隙間から外を見る振りで鼻呼吸を繰り返した。  家自体も東園の匂いが染みついているから、この数時間でずいぶん慣れ、実はいい匂いかも、と思えるほどだったのだけど。 「三田村、」 「あ、そういえばコーヒーが飲みたかったんだ。買ってきていい?」 「外に? いや今すぐ淹れるから待ってて」  一度外に出て外気を吸いたかったけれど思惑通りにはいかない。でも東園がキッチンに向かったので陽向は胸をなで下ろした。  さっきは本当に匂いがきつかった。  どういうことだろう。香水ではないことはこの家に訪れて分かった。体臭なのは間違いないが睡眠を取ったら匂いが濃くなる体質とか、かな、とぼんやり考える。  陽向は息を深く吸い込み最後まで吐き出す。身体に入った東園の匂いを少しでも薄めるように。  なんだろう、いい匂いかもと思いはじめたのに、濃いと身体が離れろと危険信号を流す。  キッチンの東園を眺める。  よく「αはすぐに分かる」と言われる理由に匂いが上げられるが、それなのかなと思う。  これがα臭。  陽向は鼻が良くないので今まで匂いでαが分かる、なんてことはなかった。さすが東都財閥の血縁者はαの中でも別格なのだろう。陽向は詳しくないがαの中にもランクがあるらしいから、鼻の悪い陽向が分かるほどの上位αということかもしれない。  流石だなと思いつつまあ、体臭ならしょうがないなと思う。自分はΩ臭がするのかな、と手首をくんくん嗅いでみたが全く分からなかった。 「コーヒー、ここ置くよ」 「ありがとう」  東園の淹れたコーヒーを飲みながら、陽向は欠伸をかみ殺しつつ最後の一件になった求人情報を保存して画面を消した。  スマホから顔を上げると東園がじっと陽向を眺めていた。 「なに?」 「いや、三田村は変わらないなと思って」 「見た目が? うーん、あんま嬉しくないなぁ。東園は変わった、というより年相応だね」  中学時代に思っていた27歳は、あの頃からほんの少ししか背的にも成長しなかった陽向より、上背もありたくましい体躯の東園のイメージだ。  くすりと笑った東園に「でも偉いと思うよ」と続けた。 「凛子ちゃん、東園にとっても懐いているように見える。それって東園がちゃんと凛子ちゃんに愛情を持って接してるからだよね。子育ては我が子でも大変って聞くから」  東園は目を瞬かせるとコーヒーカップに目を落とした。 「凛子は、姉の子なんだ」 「え、……そう、そうなんだ、お姉さんの。てか東園ってお姉さんいたんだ」  お姉さんはどうしたの、病気かな、それとも育児に疲れちゃったの、と思わず聞きそうになって飲み込む。  すごく仲がいいわけでもないのに家庭の事情を聞くのは失礼な気がするし、反対に現状を聞いて欲しい人もいるだろうとも思う。  東園のことをよく知らないからいちいち迷ってしまう。
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