運命のつがいと初恋 ①

3/32

3292人が本棚に入れています
本棚に追加
/165ページ
『え、ほんとに辞めるの? 次はもう決まってるんだろ?』  SNSの着信音が聞こえたので、風呂上がりの濡れた髪をがしがし拭きながらスマホを取り上げた。先に服を着ればいいのに、ついスマホを優先してしまう。  昼間は暖かく感じても夜は冷える。十月ももう来週で終わるのだから、当然だ。震えながら見ると、着信は予想通り風呂の前までやり取りしていた幼なじみ、佐伯康平(さえきこうへい)からだった。 『まだ決まってない』 『まじか。大丈夫かよ、次を決めてから辞めた方が良かったんじゃないかぁ?』  吹き出しのあとにびっくり顔のスタンプが三つ並んでいて、その変顔に笑いが出る。 『勢いで言っちゃった』 『そっか、じゃあこっち帰ってこいよ!待ってるよ』  康平のせいで帰りにくいんですけど、と思いながら『検討しまーす』とメッセージを入れてスマホを机に置いた。  康平は陽向の実家、老舗菓子屋真福屋の二件隣の佐伯皮膚科の長男だ。  陽向には年の離れた兄二人と姉が一人おり、小さい頃、康平の母が子育てのあれこれを聞きに陽向の家によく訪れていた。母親同士が同じ女性のΩというのもあったのかもしれない。もちろん赤ちゃんの康平も一緒に来ていて、陽向と康平は物心つく前から一緒に遊び、兄弟のように育った。幼稚園、小、中学校、高校まで一緒、大学で陽向が地元を離れても実家が近いので折に触れて会っていた。   康平はαだ。そして陽向はΩ。  仲よく遊ぶ子ども達を眺めていた両親達はいつの間にか康平と陽向はいずれ結婚するだろうと思い込んでいたようだ。特に陽向の母は強く康平との結婚を望んでいたと大学卒業前に知った。  上流階級ではαを生み出す可能性の高いΩを複数囲うという風習が存在し、Ωの幸福の頂点はお金持ちに囲われαを生むというのが不文律だ。  Ωである陽向の母はそれを嫌い、我が家や佐伯家のように一人の伴侶を大事にして生活を共にする普通の家庭が一番だと考えている。佐伯家はまさに父母、康平と妹の絵理奈、四人家族で仲睦まじく暮らしている。実家も近く、両親をよく知っている、本人同士も仲のよいのだから康平と結婚したらいいのにと思っても仕方が無いのかもしれない。  当の本人達は親友以上兄弟未満位の認識しかなく、ただ気が合う幼なじみだった。しかし小学校の高学年になった頃から、一部の生徒が康平と陽向はいつか結婚するんだ、とかαとΩだから付き合ってるんだ、と陰口を叩かれるようになった。  男のΩと噂されるなんて康平に申し訳なく、友達を辞められたらどうしようと心配する陽向に康平は全く気にならないと笑った。    康平は高校一年生の時、下校途中の商店街で『運命の番』に出会っていた。  運命の番はαとΩが一目見た瞬間お互いが強烈に引かれ合い一生をともにするといわれ、よく小説や映画の題材になっている。  しかし出会えるのは稀で、陽向の周りに運命の番に出会ったという人間は康平以外いないし、康平のいう『運命の番』である奈々さんに聞いたところ、当初はいい匂いのする人、位の認識しかなかったそうだから康平の勘違いなのかもしれないと今でもこっそり思っている。  奈々さんは当時結婚しており、産まれたばかりの子どももいた。康平は二度目に遭遇したとき奈々さんに告白し、撃沈した。  赤ちゃんがいるお母さんだ、たとえ運命の番だったとしてもそう簡単にじゃあ別れてお付き合い、なんて出来るわけがない。  陽向は当然振られるだろうと思っていたので慰める用意も万全だったけれど、康平の落ち込み様は酷かった。運命の番の存在に浮かれていたから。
/165ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3292人が本棚に入れています
本棚に追加