3292人が本棚に入れています
本棚に追加
/165ページ
「あれは凛子ちゃんの三輪車?」
陽向に抱かれた凛子が潤んだ瞳を外にむけ「うん」と頷いた。
しばらく二人で外を眺めていると東園が隣に立って「変わるよ」と凛子を抱き取った。
「あ、9時には家政婦さんが来るんだよね。その前に帰ろうかなと思うけど大丈夫そう?」
東園を見ると大きく首を振り、凛子は手を伸ばし陽向に抱かれようとむずがった。
「ん? こっち来る?」
手を伸ばす凛子を胸に抱くとぎゅっと陽向のパジャマをつかんだ。その仕草が可愛らしくキュンときた。
「凛子は三田村にいて欲しいらしい。なあ、やっぱりシッターの件、駄目か?」
「え? ああ、そうね」
腕の中の凛子がじっと陽向を見ている。可愛い凛子と、姉の子を育てる叔父。手助けしたいのはやまやまだけれど。
「でもな、ううん、やっぱりちょっと」
「なにか引っかかる事がある?」
「引っかかるって言うか、その、僕はほら、Ωだし、」
もごもご言う陽向に東園は「それか」と微笑んだ。
「今はα用の興奮抑制剤も多種あるし俺も予防の為に服用している。間違っても三田村に襲いかかることはないから安心して」
「そ、そうなんだ」
α向けの薬が普及しているのは知っていたが陽向の周りで服用している人間はいなかった。そもそもΩは人口が少ないので行き会う事のないα、βも多いと聞く。
立場のある人間は行き会うこと自体少ないΩの、しかもそうない公共の場での発情に備えての自衛もしているのかと驚く。
Ωの発情に誘われて意志とは関係なく子をなしてしまい慰謝料を取られるケースもたまにニュースで聞くから必要なのだろう。まあ、東園はそもそも陽向に誘われるほど飢えてないだろう。引く手あまただろうから。
「じゃあ、えーとちゃんとした人が見つかるまでならいいよ。僕も次の就職先見つかってないし」
「そうか、ありがとう。助かるよ」
東園の満面の笑みに、つられて微笑む。そして「いつ引っ越せる?」と笑顔のまま聞かれた。
「引っ越し? 近くに?」
確かに自宅からはちょっと遠いかもしれない。しかしこの近くは地価が高く、よって家賃相場も高いはずだ。貯金は出来るだけ取っておきたいのでなしだと思う。
「いや、ここに」
「は?」
「上に部屋があって、ベッド、クローゼット、ラックはあるから使って。ベッド、こだわりがあるならこちらのを捨てていいから」
「いやいやいや、それじゃここに住むって事になるよね」
東園は力強く頷いた。
最初のコメントを投稿しよう!