運命のつがいと初恋 ②

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 放っておけるならそうしたいけれど、郵便受けがあふれていたら目立ってしまうし、公共の場が自分のせいで見目が悪くなるのは申し訳ない。  自宅マンション前は特に変わりなく、オートロックの操作盤に数字を入力し自動ドアを開く。  管理人室のガラス窓前にある、忘れ物ボックスも中身が変わっていない。  自動ドアそばの、部屋数分がずらっと並ぶ郵便受けの前に立ち、自分の部屋のボックスを見る。  良かった、上の隙間から少しチラシの角がはみ出しているが、溢れて散らかってはいない。  回転式のキーを回し開錠した陽向は慎重にシルバーに光る扉を開く。  スペースの上までチラシ等が溜まっていて、頻度としては今回くらい、だいたい三週間に一度は郵便の確認をした方が良さそうだなと思う。  不審なものはないかなとなぜか息を止めて確認したが、チラシとDMだけで危険物はなかった。  ほっとして肩の力が抜けていく。  以前もそう頻繁にコトが起きるわけではなかったが、ようやく犯人も自分の行いを振り返ったのかもしれない。もしくは陽向以外の攻撃対象を見つけたのか。前者だったらいいなと思いながら郵便を抱え部屋へ向かった。  最後に訪れたときと変わりのない部屋でまたほっとする。  なにかの位置が変わっていたりしたら怪談が苦手な陽向の心臓は飛び出していただろう。  すべての窓を開いて空気を入れ換える。  その間に郵便をチェックしたがやはりほとんどチラシだったのでゴミ袋に突っ込んだ。  冷蔵庫は東園家に行くとき一応すべて片付けたからビールの缶が二本入っているだけだ。  掃除機を掛け、水回りを確認し、ほかにやっとくことはないかなと思いながら窓を閉めベッドを背に座る。 「はー、我が家だ」  1LDKのコンパクトな空間。  ベッド、テレビラックとテーブル等、必要最低限で定員オーバーな部屋だがやっぱり自分の家はリラックスする。くるりと回転し今度はベッドに腕を伸ばした。羽毛布団に顔を埋めると「あーきもちー」と心の声が漏れる。  どうしてこんなに落ち着くんだろう、東園家との違いは狭さと無臭さかなと思う。東園の家は当然東園の匂いに溢れている。  最近は昔ほど嫌じゃなく返っていい匂いかもと思っている。  それは多分、東園、凛子との生活の中で東園の人となりがだいぶ見えてきたからだ。  浮ついたところのない穏やかな家庭人で、昔と違ってΩを差別など陽向の琴線をはじいてくるような発言もない。根本のところでΩを気持ち悪く思っている人は、小さな、本当に小さな言葉の選び方や声のかけ方でどうしても分かってしまうのだ。陽向がΩだと知らなくても。その陽向に分からないのだから東園の中でΩに対する考え方や感情が変わったのかもしれない。  当人がフラットだと分かれば警戒する必要がなくなり、匂いを吸い込んでもまあ大丈夫かと思えてくる。  東園のそばで日常的に過ごしていると匂いが深く体内に入ってきて、あのよく分からない恐ろしさは消え、独特の濃さがある甘苦い香りだな位の感想しか今はない。だけど、たまにはこの狭い部屋で過ごすのもいいかもしれない。
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