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寒い部屋なのに顔を布団に埋もれさせているとゆっくり目蓋が落ちてくる。
寝ちゃ駄目、風邪引いちゃうと思いながら忍び寄る睡魔に身を任せていると、テーブルに置いたスマホが震え始めた。
腕を伸ばしてスマホを見ると東園からの着信だった。
「もしもし、どうしたの?」
「今どこにいるんだ? さっきメッセージしたんだけど全然見てくれないから」
慌ててスマホのメッセージを確認する。確かに三十分前に病院はどうだったとメッセージが入っていた。
「あ、ごめん。部屋の窓開けたりしてて。病院は特に問題なし。今まで通りの薬を貰ってきた」
「そうか、それは良かった。で、部屋って今、マンションにいるのか? とうとう片付ける気になったか」
とうとうって。東園の言う片付けは引っ越し作業のことだ。電話の向こうには見えてないけれど首を振りながら違う、空気の入れ換えだけ、と応えた。
「迎え行くからそこにいろよ」
「ん? 馨、まだ仕事だよね?」
馨と呼びかけるのにもすっかり慣れた。
東園と東園の姉の子である凛子は当然ながら名字が違う。凛子の今後についてはまだどうなるのか分からない状態なので、混乱を避けるため下の名前で呼んでくれないか、とお願いされた。
「今日は早く帰れたんだ。下で待っててくれ」
「え、……うん分かった。ありがとう」
迎えに来なくていいよ、と言っても東園は譲らない。この数週間でそういう性格だとよく分かったので、好意は受け取る事にしている。
うとうとしている場合じゃない。うーんと伸びをして陽向は立ち上がった。小さなクローゼットからダウンを引っ張り出し、もう一度戸締まりを確認した。
マンションの下で待っていると見慣れた黒いセダン車が目の前で停まった。運転席の東園が窓を開け「乗って」と言うので助手席に乗り込む。
今朝見た東園はスーツだったけれどグレーのセーターと黒いジャケットに着替えている。
車内のデジタル時計は一七時半。
随分早く帰ってこれたんだなと思う。今までで一番早い帰宅だ。
「ありがとう。今日早かったんだね」
「ああ、凛子も帰っているよ。検診次はいつ?」
「そうだよね、りんちゃんお家の時間だよね。お土産でも買って帰るかな。えーと検診ね、次はええと、」
確か三月の一週目の土曜日にしたはずだ。スマホに予定を書き込んだので間違いないか確認する。よし、記憶力大丈夫。
「三月四日の土曜日だよ。あ、りんちゃんは今、三浦さんと一緒?」
「ああ、俺たちが帰るまでいてくれるそうだ。次は三月な。で、検診結果は良好だったんだよな」
陽向をちらりと見たあと東園はまた前方へ視線を戻す。
「うん、今まで問題があった事がないよ」
「今までに? なにもないって事あるのか? よく抑制剤が合わなくてトラブルに、なんてニュースあるだろ。過去に一度もなかったのか」
またちらりと視線だけ寄越す。
「それが本当になにもないんだよね。母がΩだから小学校前に検査受けさせられて分かったんだ。それからずっと抑制剤を服用してるからかな、実は発情期もあんまり感じた事がないんだ」
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