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なんだろう、改まって。
陽向は隠し事が得意じゃないし、寡黙でもない。陽向自身の事であれば、わざわざ聞く程の重要事項など残ってなさそうだけど。
「佐伯とは、いつ別れたんだ?」
「はい?」
思わず東園を見たままフリーズした。
カフェオレのカップを持っていなくて本当に良かったと思う。佐伯とは康平の事だよねと自問自答する。中学の同級生に康平以外に佐伯はいない。
「別れたって、付き合って別れたって事だよね? ああ、婚約者って噂があったからかな」
「噂? 婚約者じゃないのか? だって二人、仲が良かっただろ。運命の番同士だって聞いてた。運命の番なのに別れられるものなのかと思って」
「おおっと」
言うに事欠いて「運命の番」とは。
婚約者から派生した噂だろうけれど一人歩きにもほどがある。ある意味感心してほうっと息をついた。
「佐伯が結婚したと人づてに聞いたんだが相手が陽向じゃなかったからちょっと……驚いた」
「ええと、まず、いや、まずって言うか婚約者でもないし、そもそも付き合ってもないから別れてもないし、運命の番でもない、よ」
「それは本当なのか」
目の前の東園は眉根を寄せ、やけに深刻そうにしている。そんな東園の雰囲気に飲まれ陽向も神妙な顔つきで頷いた。
「婚約者とか、付き合ってるとかそんなのは事実じゃないから本当って言えるけど、運命の番ってのはちょっとよく分からないな。そもそもそんな事ってあるのかな。運命のつがいなんて、おとぎ話じゃない」
「運命の番はいるよ、出会えるかどうかが問題なだけで」
熱っぽく言う東園にふうんと陽向は頷いた。
立場のある人間ほど、こういう夢物語にはシビアなのかと思っていた。
はっきり言い切った熱っぽさが盲信的に感じられて、運命を夢見てるんだろうなと思う。東園ってそういうドラマチックな妄想をしなさそうなイメージだったけど。
「康平は自分で運命の番に出会ったって言ってたよ。僕は勘違いじゃないかなって思うけど」
「自分で分かるものだから、本当だろうな」
うらやましいよ、と呟いて東園は微笑んだ。
それがうらやましく感じるのはαだからかなと思う。Ωの自分にはちょっとそうは思えない。
「陽向は運命の番かもしれないと感じた人はいなかったか?」
「今までに? うん、いないね。割と小さい頃から薬を飲んでいるから鼻が悪くてさ。分からなかっただけかもしれないけど、ま、いても正直困るって言うか」
「いたら困る?」
「うーん、困る、っていうか、いても付き合ったりはしないし、結婚もしないから相手に悪いかなって」
「結婚願望がない?」
うんと陽向は頷く。
そっちは、と聞くと「俺はあるけど、ちょっと難しいかな」と手元のマグカップに目を落とした。
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