運命のつがいと初恋 ①

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 名前はたしか東園馨(ひがしぞのかおる)だ。  この年でもう父親か。いや、幼なじみの康平も二児の父親だったと思い直す。  陽向自身はΩの男性というのもあり恋愛について周りより消極的だったが、四捨五入すれば三十だ。同世代が家庭を持ちはじめておかしくない。  しかし、本当に同級生なのかな。父親の顔をちらりと見る。  意志の強そうな眉に切れ長の二重。瞳の色は薄く、モスグレーの虹彩を栗色が縁取っている。綺麗な色だなぁと思う。直線的な鼻梁に薄めの唇がバランス良く配置されていて、端正な顔立ちの見本のような顔貌だ。しかも陽向が見上げる長身で、均整の取れた体躯を素人でもオーダーだと分かる三つ揃いのスーツで包んだ姿は雑誌から抜け出してきたようだ。  食い入るように見つめていた自分に気がついて陽向は急いで目を落とし考える。  どうだろう、同級生の東園だろうか。  しばらく考えたが陽向には分からなかった。  中学卒業から十年以上経つうえ、東園とは友達と言えるほど話したことがなかった。  東園と聞いて思い出せるのは横柄、冷たい、関わりたくない、といった印象だけだ。顔を思い出そうとするけれど輪郭すら浮かんでこない。一年生のとき同じクラスだった筈なのに。   当時は知らなかったが東園は東京から中学の三年だけ親の療養のため陽向の地元で暮らしていたという。   そして東都丸山銀行、東都アイワ保険、東都交通等傘下企業が多数ある東都財閥と近しい家系で一般人では想像も出来ないようなお金持ちだったらしい。  高校に進んでしばらく経った頃誰かが思い出したように言っていて驚いたが、道理で自分とは何かが違う、異質な感じがしたんだと納得した覚えがある。  懐かしく昔を思い出してはっとした。今は仕事中だ。  多分違う東園さんだろうと結論づけ、陽向は久保に断りもも組に積み木を置いてきた。 「凛子ちゃんていうんだ、可愛いお名前だね。僕は三田村陽向といいます。みんなには陽向先生って呼ばれています。凛子ちゃん、お外で一緒に遊ぼうか? お部屋でもいいんだよ」  一歩前に出て陽向の体はかちりと固まった。  父親から漂う、この香り。  この匂いを陽向は確かに知っている。この男は東園馨、間違いなく同級生だ。  東園から漂う匂いに引きずられるようにして忘れていた記憶がよみがえってくる。  学校の廊下で東園と初めてすれ違ったとき、このムスクのようでどこか違う、不穏で危険な感じのする匂いに陽向は思わず眉をひそめた。  中学生なのに学校に香水をつけて来るなんて絶対先生に怒られるだろうと思っていたのに東園はいつまでも香水臭いままだった。とにかくその香りが苦手な陽向は極力東園を避けていた。  すっかり忘れていたが、中学の時避け続けていたから思い出せなかったんだ。そういえば、顔をじっくり眺めた記憶がない。  笑顔を貼り付けたまま動かなくなった陽向に「三田村先生、どうしましたか」と久保が声を掛ける。
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