運命のつがいと初恋 ②

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「発情期は過ぎましたね。ただ初めてなので期間も定かでないし、万が一戻りがあってもいけませんので、退院は明後日にしましょうか。今後の抑制剤についてですが、」 「あ、あのっ、どうして今回、発情期が抑えられなかったのでしょうか、今まではちゃんと、ちゃんと効いていたのに」  今まで抑制剤を貰うため定期的に訪れていた診察室だが、普段と緊張感が全く違う。  丸椅子を軋ませながら陽向はぐっと背を伸ばし主治医、小森に顔を向ける。  黒髪の小森はカルテから目をあげて陽向に身体を向けた。170弱の陽向より更に小柄な小森の眼鏡の奥の大きな瞳が陽向を捉えた。 「理由は、何かきっとあるのでしょう。ただそれが薬剤への耐性獲得なのか、年齢的なものなのか、体質の変化なのか、はたまたそれ以外の要因、今回で言えば住環境の変化、ですかね。しかしどれもこれが主たる原因だと確かめる事は今の技術では出来ません」 「そうですか」  陽向は眉根を寄せ膝に目を落とした。 「今言えるのは引き続き同じ抑制剤を使うとまた発情を抑えられない可能性があるので、今までとは違うタイプの抑制剤を試してみるか、ですね」 「そうですか。発情期がすごくきつかったので、……次の薬は、その、絶対効く、訳ではないんですよね」  ぎゅっと入院着を握る。もう二度とあんなに苦しい思いをしたくない。 「そうですよね。私もΩなので、お気持ちは分かります。ただ薬は使ってみないと分かりません。もうひとつ道があるとすれば、」  一度言葉を切った小森は一息吐き出して、「恋人や伴侶、発情期を過ごす方が現れるとまあ、抑える必要はなくなります。三田村さんの場合は次の発情期が本当に抑えられないのか、初めての事なので予測が立ちませんから、すぐにでもパートナーを、と勧めるほどでもないと考えます」と続けながらデスクの引き出しから一枚の紙を取り出し陽向に渡した。  ピンク地に左右から伸びた手をピタリと合わせているイラストとα、Ωの出会いをサポート、とある。病院の掲示板によく貼ってある確か公的機関の結婚斡旋案内ポスターと同じものだ。  本気かよ、と思う気持ちと、もしかして、母親がたくさん見合いを勧めてきたのは母親自身がこんな発情期を耐えてきたからなのか、と思う気持ちが交錯する。  血の気が引く思いで、「あ、まず、薬を、お願いします」とようやく絞りだし陽向は貰ったチラシを折った。
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