運命のつがいと初恋 ①

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 この園に保健室はないが、職員室には幼児用の小さなベッドが二台用意してある。  「平野先生、体温計お願い」  職員室には二人の教諭が作業をしていたが、抱かれている子どもを見て手を止め素早くベッドへ誘導した。 「凛子ちゃん、お熱だけはかってみようか」  凛子を寝かせようとするが東園から離れるのが不安なようで、ベッドへ東園が座り、その膝に凛子を座らせ体温計を脇へ挟んだ。  凛子が手を伸ばすので、陽向もそばに座り手を握る。小さく柔い手を撫でていると凛子は目を閉じ、うとうとし始めた。 「疲れているのかもしれないな」  東園はぽつりと呟き凛子の額をそろっと撫でる。幼稚園を探しているようだから他園も見学したのかもしれない。  そういえば、凛子の母親が来ていない。  幼稚園選びは母親が中心である場合が多いが、東園は育児に熱心なのかもしれない。  ピピッと測定終了の電子音が鳴り、東園が凛子の脇から体温計を抜いた。東園の手元を除くと37.7℃とあった。今が夕方だからこれから夜に掛けて熱が上がっていくかもしれない。  東園は体温計を一瞥すると久保に顔を向けた。 「せっかくお時間頂きましたのに、済みません。日を改めて伺ってもよろしいでしょうか」 「もちろんです。いつでもいらして下さいね」  いつでもいいんだ、とひっそり驚く。東園は同級生情報が正しければ陽向のような地方出身の田舎者が顔を合わせる機会もない上流階級の人間だ。園としても繋がりが欲しいのかもしれないなぁと思う。  久保だけじゃなく同僚の女性教諭も大きく頷いているのは東園のルックスのせいだろう。  眠り始めた凛子を抱きなおし、東園は皆に礼をいうと陽向をちらりと見て「ちょっといいか」と囁いた。    なんだろう、と思いながら頷く。職員室を出る東園のあとについて陽向も廊下へ出た。 「三田村、今日何時に終わるんだ?」 「今日? 今日、一応もうすぐ終わる予定だけど。三十分、いや一時間位かな」  不意に聞かれ腕時計を見る。 「どうしたの?」 「いや」   言葉を切った東園は凛子の寝顔に目を落とした。しばらく黙ったままだったが靴箱が見えて来たとき口を開いた。 「久しぶりに会ってこんな話を聞かせるのも申し訳ないんだが、事情があって凛子と二人で暮らしている」 「え、あぁ、そうなんだ」  陽向は声を落とした。離婚したのか、それとも奥さんが病気か。理由はどうあれ仕事と子育て、大変な状況なのは想像に難くない。 「もし今日仕事が終わって時間があるなら、少しでもいい、手を借りたい」  東園を見ると肩をすくめて苦笑した。 「いや、実は結構困ってる。熱が出るのは何度か経験したがいつもなら両親が一緒に見てくれているんだ。だが今、二人とも日本にいなくてな。三田村、ここで先生をしているんだろ? 子供の扱いに慣れているだろうし、手伝ってくれるとすごく助かる」 
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