運命のつがいと初恋 ②

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 意識が落ちかけたとき枕から力が抜けた。  隙間からひゅっと息が吸えるようになったが、急に吸い込んだせいで陽向はごほごほと咳き込んだ。  枕を退けると男の襟元を掴みあげ拳を振り上げている東園が視界に飛び込んできた。 「え」  なんでここに、と思う間に東園は男を床に引き倒し、さっき陽向がやられたようにガツガツと男を殴りはじめた。 「か、かお、ゴホッ、か、」  東園が、来てくれた。  呼吸を繰り返してやっと咳が落ち着いてくると、無言で殴り続ける東園とピクリともしなくなった男にぞっとした。 「か、かお、かおる、かおる、やめ、やめっ」  中途半端に脱がされ、手も縛られている。陽向は這うようにしてにじり寄り機械のように殴る東園のスーツを引っ張り頭をぶつけた。 「かお、しんじゃう」  ぴたりと振り上げた腕を止めた東園はゆっくりと陽向に目を向けた。  顔をゆがませ殺気立った眼差しの東園に陽向の身体がビクッと震える。 「か、かお」 「なにされた? こいつになにを」  止めた腕が再び男の顔を殴りはじめる。 「なにも、なにもだから、ちょっと腹舐められたくらいだから」  縛られたままの腕を、東園の腕に絡ませなんとか止めようとする。  これ以上殴ったら、過剰防衛になっちゃうと涙声になった陽向が東園を見ると、ぐっと鼻に皺を寄せた東園は動きを止め、今度は陽向を抱き寄せた。  広い胸に顔を埋め、息を吸うと東園の匂いが鼻からふわっと入ってきた。  この香り。もう身体に入れちゃ駄目だと思う香り。  これは「α」の匂いではないのだろうか。    横で伸びている自称αの男からは一切感じられなかった。そういえば康平も無臭というかなにも感じなかった。  じゃあこの匂いは東園特有の匂いだというのか。  自分はαじゃなく東園に欲情したのか。  そう思うと余計いたたまれないんだけど。  そんなことをもんもんと考えていると、発情した自分が東園になにを頼んだか思い出し、息をのんだ。 「くそっ、もうちょっと早く来ていれば」 「……いや、十分だよ。未遂だもん、ありがとう」  どんどん力の入ってゆく東園の胸をそっと押す。  もう当分会いたくないと思っていた相手だ。恥ずかしさが高い波となって押し寄せ、東園の顔を見る事が出来ない。 「あの、これ、これなんだけど、解いてくれるかな? ちょっと痛くて」 「ああ」  陽向は目を伏せたまま顔の前に手首を持ち上げる。大きな舌打ちが聞こえ、育ちのいい人間でも舌打ちするのかとこっそり思う。 「殴り足りない、こいつ知ってる奴か?」 「ううん、顔、ちゃんと見れなくて。……でも陽向先生って言ってたから、園児の保護者かも」 「最低だな」  陽向の手首を拘束していたネクタイを解き、東園は全く動かない男の手首に巻き付け縛る。  その間に陽向はベッドに放り投げられたワークパンツを取り、そそくさとなにも身につけていない下半身を元に戻してほっと息をついた。セーターがオーバーサイズで尻まで隠れる長さだったからまだ良かったがやっぱり下半身がむき出しだと寒いし恥ずかしい。
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